みんな、どういう気持ちでご飯を食べているんだろう。

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最近、食べ物を摂取することを心から楽しめていないような気がしている。

”自分の食べたいものを素直に食べる”という方法を学生時代に置いてきてしまってから、少なくとも10年は経つ。

体型でいうと、身長の三分の一程度の体重になったりそこから盛り返したり。気持ちの面でも波はあったが、現在は本能と理性のバランスが非常におかしくなっている。基本的に理性が優勢であり続けているものの、最近はそれが強すぎるのだ。例えばカレーライスやパスタ類を作れないとか(炭水化物が増えるから)。あるいは、鶏むねでなくて合いびき肉を使うことに少し勇気がいるとか(脂質が増えるから)。

また、かぼちゃの季節でもあるこの時期は、特にチェックしておきたい/作りたい料理やスイーツが多数お目見えする。しかし心がついていかない。かぼちゃは糖質が比較的高い。野菜だからといって三食食べるのはどうなんだろう。普段トマトやもやしを食べている枠がかぼちゃになったらカロリー過多になってしまわないだろうか。

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さらに、その他の好物も太りそうなものばかりなのだ。ルーカレー(粘度高めなどなお良し)、パスタ(ミートソース、クリーム系)、唐揚げ(衣多め)、炒飯、ピザ、春巻き、エビマヨ、甘酢あんのかかった大きな肉団子……。

スイーツは和菓子も好きだけど洋菓子のほうが嬉しい。定期的に食べたくなるのはクレープである。つまり、好きなものを素直に食べるとあっという間にカロリーオーバーしてしまうのである。

周りの人は「いやいや」と否定するだろう。むしろ私はずっと「カロリーを摂れ」と言ってもらい続けている。ご飯に連れ出してくれたり、スイーツに付き合ってくれたりなど、心配してくれていることをひしひしと感じる。

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しかし近頃は、その外食もかなり身構えるようになってしまった。普段の昼食が〈6枚切り食パン1枚・野菜・ベビーチーズ1個〉をベースに、スープ or ヨーグルトが付くかも?という内容なので、明らかに摂取カロリー等が増える。となると、どこかで帳尻を合わせないと……と自動的に考えてしまう。

自分を律することができてすごいね、と言ってもらえることも多いが、しかし「程度」というものがある。それに体重を増やしましょう、という段階の人がケーキ1個のために一食を抜いている場合でもないのだ(”食事を抜く”という手法はここ1年ほどで覚えてしまった戦略で、この点でも我ながら酷くなっているなあと思うのだった)。

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食べたいけど太りたくないのなら、筋肉を増やして代謝を上げるのが得策だろう。しかし筋肉をつけるにはまず食べないといけない。怖い。はい、終了。

だが諦めるわけにはいかない。逆ピーク時よりは太っているものの、年のせいなのかやつれ具合が加速しているような気がするのだ。栄養補給という意味で数か月前からプロテインを始めたのだけど、それに頼り切らず固形でも栄養を摂取しなければならないと鏡を見る度に感じる。でも怖い。はい、終r…。

一人暮らしから一時的に実家に戻ったとき、1年ほどで2~3kg増えた。しかしそこから2年ほどで5~6kg減っている。減らす天才だが、増やすことに関しては落第生極まりない。しかし一人暮らし時代も地道に増やせていた時期もあったはずなので、やはり現状の思考回路に問題があるのだろう。

減るたびに実家に駆け込むわけにはいかない。自分でどうにかする術を持たなければ。

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 ”待っている”という態度では何も進まないことはわかっている。しかし、こうもうまくいかないと『何も考えていなかった頃に戻りたい』とすら思ってしまう。あるいは、朝目が覚めたら、あんなことやこんなことができるようになっていないかしら、などと夢想するのだった。

成分表示を見なくても買えるようになったり、数字を想像して食べたいものを諦めることがなくなったり、油大さじ1以上を入れられるようになったり、いつもの量でも物足りなかったら躊躇せず追加して食べられるようになったり。

食べ物に縛られない日々はこの先来るのだろうか。

自分次第だと言われればそれまでだが、やっぱり今回だけは「ずっと待っているもの」というテーマに免じて許してほしい。

『もう少しふっくらしたい、でも太りたくない』という相反する思いに押し潰されない日常を、私はずっとずっと待っているのだ。