30秒。

コーヒーの蒸らし時間は、だいたいこれくらいと決めている。

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100均で500円の手挽きコーヒーミルを購入してからというもの、すっかり挽きたてコーヒーの魅力にとりつかれてしまった。時間がある朝はコーヒー豆を挽くところから始まる。

顔を洗ってもくっつきたがる瞼をこすりながら、コーヒー豆が入った保存ビンを開け、腕の筋肉痛をも覚悟して豆を挽く。挽きたてほやほやの粉に湯を少し注げば、コーヒーがぷくぷくとあいさつを返してくる。

部屋中にコーヒーの香ばしく、ふくよかな香りが立ち込め、いつもと同じ景色だったはずの私の部屋は、一気に喫茶店へと変化する。

夏は氷のいれたグラスに直接注いでアイスコーヒーに、寒くなってくるとミルクも温めて、時にはフォームミルクにしてみたりもする。

コーヒーショップで買ってきたものを飲み比べてみるのも面白い。生クリームやチョコレート、スパイスなどで、お好みのカスタムもし放題である。

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このようにコーヒーを入れ始めてから、30秒という時間が長く貴重であるということを知った。色々とサイトをはしごした結果、コーヒーの蒸らし時間は30秒ほどが一般的なようだったから、私もそうしている。

これまで30秒なんて、一瞬のうちに過ぎてゆく時間の中で、爪の先のまたその先くらいもない時間だと思っていた。

コーヒーを入れている間の時間は、自分でも気づいていなかったような心の余裕のなさに気づく機会にもなることがある。心の容量が空いている時とあふれそうになっている時には、無意識のうちに過ごし方がまるで違ってくる。30秒を待っている時間、注いだお湯がコーヒーとなってフィルターから落ちていく時間、これらの時間は短いように思えて、自らの時間との向き合い方を考えるには、十分すぎる時間だ。

このコーヒーの動きをながめる時間を、じっくりと味わうことができたら、考えを巡らす時間に使えたら、と何度思ったことだろうか。

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心に余裕がなく、気持ちだけが先を急ごうとしている時、せいぜい数分のコーヒーを入れている時間でも、スマホを手に取ってしまうことがある。特に理由があるわけでもないが、SNSを開き画面をスクロールする。いつのまにか暇を持て余した手にスマホをのっけて、次から次へと新しい情報が流れていくのを見つめている。

常に何かに追われながら過ぎていく時間の波にのり、色々なものを見落としてしまっていることにも気づかないままだ。気づいた頃には、もう拾えないところにいて後悔しながらも、また次の時間の波にのり、その後悔でさえも忘れてしまう。どんどんと進む周りの変化についていこうと必死になり、毎日、焦燥感に駆られている。

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私は、あえて豆を挽いてコーヒーを入れるという時間を設けることで、無理やりにでも今、流れている時間をもったいないと思わずに過ごす、という機会を作ろうとしているのだと思う。

季節や気分に合わせた音楽をかけて、お気に入りの小説や雑誌をめくり、コーヒーがマグカップを満たすのを待つ。昨日の頑張りを褒めながら、今日のテンションを上げていく。その時間へと自分の気分をもっていくための準備時間には、30秒の蒸らし時間、コーヒーがぽたぽたと音をたてながら落ちていく時間が必要なのだ。