私にとってコーヒーは、大人の象徴だった。小学生の時、職員室の前を通ると香ってくるコーヒーのにおい。授業の合間に通る廊下から、香ばしくいいにおいとして私の鼻に入ってくる香りは、給食のにおいよりも特別感があった。職員室は、大人の集う場所。どんなタイミングでコーヒーを飲んでいるかは知らないが、コーヒーを飲んで仕事をすることが大人の働き方なのだと思った。

◎          ◎

昔から、早く大人になりたいと思うことが多かった私。子どもながらに未来予想図を妄想しては、あと何年生きたら大人になれる、とカウントダウンを始めていたくらいだ。そんな子どもだったためか、コーヒーへの関心も高かった。

最初は、自販機にある缶コーヒーを飲んでみることにした。ミルクも砂糖も入った甘いやつ。さすがにミルクも砂糖も大量に入っているので、美味しいと思った。これなら飲める、と次のステップに手を伸ばした。微糖だ。缶コーヒーのなかでも、微糖は種類が少ない。展開されているのは確かだが、スタンダードではない。数が少ないので、数種類並べられているコーヒーのなかに微糖は1種類のみという自販機もあった。そのため、微糖を見つけるとすぐにボタンに手が伸びた。微糖はちょうどよい。甘すぎず、ミルクが主張しすぎるわけでもない。コーヒーの香りや味を損なわない、3つの味がバランスよく重なっていると感じた。小学生ながらにこの美味しさに気づき、コーヒーは微糖を好んで飲むようになった。

微糖が好きなのは、今でも変わらない。小学生当時から変わったことがあるならば、甘いスタンダードな缶コーヒーが飲めなくなったことである。微糖の味を占めたからではなく、甘すぎると、糖分をたくさん摂っている罪悪感に襲われるからだ。また、コーヒーとして飲んでいるのではなく、コーヒー味のジュースとして飲んでいるように感じてしまう。これでは、カフェインを摂取していても満足感が得られないのだ。

微糖も飲むが、ノンシュガーのほうが飲む頻度としては多い。年齢を重ねるに連れて、砂糖の量を減らしてコーヒーを味わうようになってきた。味覚が成長している証なのだろうか。

◎          ◎

子どものころにいい香りだと思った職員室から香るコーヒーのにおい。大人になって仕事をするようになったら、飲むタイミングがあるのだと思っていた。しかし、今の仕事では飲むタイミングはそこまでない。

自宅にいるときや、今この瞬間のように、パソコンに向かって作業をしているときに共にすることはあるけれど。憧れのようなもので、未だに形式としてコーヒーを飲んでいる節もある。

はじめは背伸びができると思って飲み始めたコーヒー。いつしか、仕事とともにコーヒーを飲むことで、さらに大人に近づけるのではないかと思い真似をした。今はコーヒーだけでなく、コーヒーブランドの新作をタンブラーで飲んでいることもある。かなりコーヒーにかぶれているだろう。

◎          ◎

コーヒーを飲めば、大人になれると思って憧れた私。コーヒーの入ったマグカップや、コーヒーブランドの紙カップを置けば、自然と仕事ができる大人になれると夢見た私。今でも形式にこだわって、あえて仕事をカフェやコーヒーショップでしているときがある。

形にはかぶれてみるものの、子どもの頃に感じた、職員室から漂うコーヒーの香りはやはり特別なにおいだ。大人っていいな、と思ったあの香りは、私を大人に向けて歩ませてくれたきっかけのひとつ。

コーヒーは好き。それ以上にコーヒーの香りが好き。小学生の時に出会った、職員室から香るコーヒーは、インスタントコーヒーだろう。ドリップコーヒーでも、有名なコーヒーショップのコーヒーでもない。しかし、小学生が背伸びをしたいと思うには十分すぎる香りだった。香ばしく、心地よく、大人というものに夢を感じられる香り。

大人になって、コーヒーの香りはたくさんあると知った。どの香りが好きなのか、種類がわかるほど詳しくはないけれど、さまざまな香りとともに自分の好きなコーヒーの香りを探っていくのも悪くはないだろう。