「今から、ちょっと会える?」
知らない番号から電話がかかってくるたびに、思い出されるのはあの人の姿。
嬉しい時は全力で、あどけない子どものようにとびっきりの笑顔で喜んで。
冷静でクールな姿、真剣に考えている姿さえ、愛おしく思えた。
どこか心に闇を抱えているような姿も、私がいるから大丈夫と守ってあげたくなるような。
◎ ◎
時折見せた、どこか寂しそうで遠くを見つめているような視線。
正直何を考えているのか分からないような、独特な雰囲気がその人にはあった。
いつもその人は、自分のことより他人の気持ちのほうが第一優先でいてくれて。
普段あまり感情を他者に見せないけど、誰よりも他人想いで内に秘めている想いが熱くて。
時には弱いところがあることも私は知っていた。
本人は人見知りでコミュ障って言っていたけど、年齢・性別・国籍問わず色々な人と関われて、誰よりもコミュニケーション能力が高いと私は密かに尊敬していた。
その人は気付けば、いつも隣で優しく寄り添ってくれる存在になっていた。
サプライズが大好きで、一度話したことはどんな小さなことでも全て覚えてくれていた。
◎ ◎
そんな彼と別れて6年も経つというのに。
声とか、顔とか、話し方とか、仕草とか、彼の好き嫌、想い出も、全部全部、全て昨日のことのように鮮明に覚えている。
まるで時間が私の中だけで、あの時で止まったかのように。
未練があるのは私なのかもしれない…と最近になって自覚したほどに。
私がずっと待っているものは、そう、一生かかってくるはずの無いその人からの電話だったのだ。
◎ ◎
同じ大学で共通の趣味で出会った私たちは、同じサークルに所属していた。
サークルに入ったばかりの頃は、挨拶するくらいでお互い深く知りたいとか関わろうとはしなかった。
いつも女子メンバーで戯れて恋バナで盛り上がって、共通の話題なんて彼とはないと決めつけていたのかもしれない。
そんな私たちの距離がグッと縮まったきっかけは、夏合宿の9日間だった。
一生に一度しかないであろう、戻れもしないあの熱い夏。
5人のメンバーで全走距離1600キロに及ぶ自転車旅で、私たちの心が強く惹かれあったのだ。
今にも溶けそうな真夏の炎天下の中、私たちはひたすらチャリを漕ぎ続けた。
景色や旅の中で出会う温かい地元民に疲れを癒やされながらも、暑さがヒシヒシと私たちの気力や体力を奪っていった。
そんな中でも、周りを気遣って冷めたジョークをかましては、ひとりケラケラ笑って、周りに元気を与えてくれていた。
まさに、彼は真夏の太陽のような、闇夜を照らす月明かりのような存在だった。
◎ ◎
私たちの別れは突然で、お互いが納得していないカタチで別れた。
だから余計に、未練深いのかもしれない。
「今から、ちょっと会える?」
会って話し合うことを、付き合う関係になって一番大事にしてくれていた。
だから電話がかかって来る時は、いつもこの一言だった。
ありがとうもごめんねも、まともに言えずに別れた。
だから、いつか電話がかかってきたら、全力でありがとうを伝えたい。
それまで私は電話がかかってくるのを静かに待ち続ける。