ずっと、恋をしていた。
あの時、逃げてよかった。この恋はきっと、終わっていたはずだった。

久しぶりに言葉を交わしたあの人は、やっぱり素っ気なくて、そんな態度に小さく傷付いて、私は足早に帰路に着く。家に着いて、悲しさを紛らわすように母と話していると、不意に着信が入った。あの人からだった。

思いがけないことに声が震えて、言いたいことがたくさんあるのに、どれから言えば良いのかわからなくて、言葉がうまく出てこない。
「久々だから、なんか変に緊張しちゃってるんですけど…
素直にそう漏らしてしまうと、あの人は電話の向こうで笑っていた。

「なんだか元気なさそうに見えたから、何かあったのかなって、気になって」
元気がないのはあなたのせいですよ、と言いたい気持ちをグッと堪えて、「何にもないですよ」と、答えた。

◎          ◎

終わったと思っていたことが、実はまだ終わっていなくて、無かったことになるはずだったことは、事実そのままに残されていた。その日をきっかけに、また少しずつ連絡が再開してしまった。

しかし神様のいたずらか、すれ違うことばかり。よほど縁がないことを、実感させられる日々。家の近くに用事で来ていることを知っているのに、連絡する勇気が出ず、さらには酷い風邪をひいていたり。あの人がふらりと職場に立ち寄ることがあれば、私は必ずお休みの日で、同僚に後日、来ていたことを教えられる。

「私のお休みの日に来ないでくださいよ」
「たまたま近く寄ったからさ」

ある日、「異動してこない?」と、突然の連絡が来た。

よくもまあいけしゃあしゃと、そんなことが言えたものだ。さてどんな顔をして言っているのか、見に行ってやろう。会って、こっ酷く振ってやろう。

そんな意気込みで行ったものの、いざ目の前にすると、小気味良い二人の会話が心地よくて、そしてどこか私に対する態度がより優しくなっていて、戸惑う気持ちがどんどん広がっていった。

◎          ◎

本心を隠して、これからどうなりたいのか、どうしたいのか、お互いがわからないまま、季節は移り変わってゆく。寂しくて悲しくて、どうしようもなくなると、いつもあの人から何かしらのアクションが来る。

いっそ突き放してくれれば、私は悲しみを抱えて消えていくのに、なぜかあの人はいつも手を伸ばしてくる。

「そろそろしんどくなってきたんですけど」
思わずそう漏らすと、あの人はそれを茶化してきたけれど、その後、
「時間があれば連絡してほしい。またランチでも行こう」 

と連絡が来ていた。 

そんな一言に、沈んでいた心が、少し軽くなる。そして心の底で大人しく小さくなっていた火種が、いたずらな風に吹かれて大きくなった。

「ランチ、いつ行きますか?」
堪らなくなって聞くと、お休みの日を教えてくれた。今回もお休みは絶妙に合わなくて、会う日は決まらなかった。

お休みを教えてくれたってことは、お出かけしてくれるんですか?
嬉しくて、そう尋ねたいけれど、どうせなら直接会って話したい。
おでかけしてくれるなら、行きたいピザ屋さんがあるの。
私の気持ちがわかるように振る舞えば、あの人は応えてくれるんだろうか。

一度だけで良い。それ以上はもはや求めていない。一度だけでも、気持ちを交わし合うことができたら、どれだけ幸せな気持ちになるんだろう。

◎          ◎

あの人でいっぱいだったこの年。一つ一つの反応に一喜一憂して、人のメッセージのやり取りを何度も見返して。あの人がずっと心の中にいるけれど、あの人には奥さんがいる。

この恋は、実らない。そろそろ私は、前に進まなくてはいけない。

夢を追うのに、この恋は邪魔でしかない。決断することは、きっと悲しくて切なくて、あの人を傷つけて、私自身もたくさん傷つくはずだけれど、この恋は終わりにしなくてはならない。