「いきなりごめんなさい。アルバイト、募集していませんか」
「ここで、アルバイトさせていただけませんか」

高校1年生の秋、家の隣にできた幼児~小学生向け学習塾の扉を開き、塾長にこう声をかけた。高校生なので電話しても取り合ってもらえないだろうと思い、直接乗り込む方法をとった。誰もいない教室で、おそらく開室に向けた作業をしていた40~50代くらいの塾長は、突然やってきた高校生に驚いた様子。「とりあえず、話をしましょう」ということで、席に座らせてくれた。

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高校は、アルバイトを禁止していたが、私の家は母子家庭で裕福ではなかったため、アルバイトがしたかった。一度、担任に事情を話してアルバイトを許可してほしいと直談判をしたが、許可はおりず、しまいには「もし隠れてアルバイトをしてそれが学校に知られたら……わかっているわよね」と釘をさされてしまっていた。「登下校中もスマホの電源は切る」「寄り道はしない」。そんな誰も守っていないような校則でさえも律儀に守っていた自分は、これですっかり意気消沈し、一度はアルバイトをすることを諦めた。

しかし結局、私は学習塾の扉を開いた。パートを掛け持ちして昼も夜も働いている母を見ていると、「自分はごくつぶしだ」「私がいなければ母はもっと自由になれるのに」と罪の意識と自己否定感でいっぱいになったからである。「遠くの国立大学に行って、母に金銭的な負担をかけずに自立して暮らそう」とも思ったが、大学受験のためには参考書や過去問、模試の費用がかかってくる。それらの費用を母に請求するのも心苦しかった。校則を破ることへの恐怖に、母に対する罪の意識が勝ったのであった。とはいっても3回ほどは扉の前で怖気づいて引き返し、4回目でやっと扉を開くことができたのだが。

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ばれたら退学になるレベルの校則を破ろうとしていること、初めてアルバイトの面接を受けること、かなり大胆な方法で教室に乗り込んだこと、そのすべてが私の身体を震わせた。全部が初めてのことで、緊張と表現できるものではなかった。塾長は、どうしてここで働こうと思ったのか、など簡単な面接をしたあと「ちょうどアルバイトを募集しようとしていたところにあなたが来てくれて、御縁を感じました」と受け入れてくれた。

精一杯に働けば働くほど、塾長やパートの人たちは私を大事にしてくれた。頼りに思われているという実感は、「自分、いてもいいんだ」という安心感に変わり、少ない額ではあるが自分でお金を稼ぐことで、母に対する罪の意識も軽減された。受験に向けて、中古ではない新品の参考書を躊躇なく買えるようにもなった。すべてをアルバイト代でまかなえたわけではなく母からお金を出してもらうこともあったが、地方の国立大学にも合格することができた。そして最後、辞める時には「あなたの働きに本当に助けられていました。ありがとう」と塾長から花束を、パートの人たちからはお手紙や文房具などのプレゼントをいただいた。

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アルバイト先で大事にしてもらえた経験は今でも私に「自分は役に立たない人間ではない」という安心感を与えてくれている。また、地方の国立大学に行った後、私は本当に好きな仕事を見つけその仕事に就くことが出来ている。

高1の秋、あの扉を開けていなかったら、今とは違う未来になっていたかもしれない。私を受け入れ大事にしてくれた学習塾の人たち、サポートをしてくれた母、そして勇気を振り絞った自分……すべてが私の人生の方向性を変えてくれたのだと思う。