29歳。私にとって勝負の年。「今年」は私の中では、特別な年。
2023年を迎えて、私は決めた。私は今年、やりたいことを全部やる。
まず、生まれてからずっと犬派だったのに、猫を迎えた。
「この子、鼻のところがハゲてるので値下げしたんです」
ペットショップの店員さんに「訳あり」商品のように紹介された猫に、私は激しく運命を感じた。私もある意味「訳あり」だ。心を病んで退職し、次の職のあてもなく、ただ実家にこもっている身である。
抱っこさせてもらった初対面の三毛猫は、まるでシルクのような肌触り。子猫特有のあたたかさが、その当時の私の心に優しく沁みた。
こんな可愛い子を値下げするなんて、失礼な話だ。何としてでも、私がこの子を幸せにする。ペットショップの一角で、私は心の中で叫んだ。
父の反対を押し切って猫を連れ帰る、割と強引な1年の幕開けだった。
三毛猫は、幸運の猫。
そんなことを知って少し経った頃、私の仕事が決まった。以前からやってみたかったワーキングホリデーの資金を貯めたいと思って始めた、英語を使ったお仕事だ。
半年ぶりの仕事に緊張が走ったが、もともと大好きな英語。英語にどっぷり浸かった環境に、今まで感じたことのない喜びと楽しさがあふれ出すのを感じた。
◎ ◎
そんな新しい仕事に慣れてきた頃、
「そうだ、自分の好きな絵を描こう」
と、仕事帰りにふと思い立ち、すぐに画材を買い込んだ。
私は以前から、なぜか波の絵を描いてみたいとずっと思っていた。
あのさざなみの音、透き通る青、太陽があたってキラキラする綺麗な水面……。
絵の具であの光景を再現できたら、どんなに綺麗だろう!とよく思いを馳せていた。それを叶えるチャンスがやっと巡ってきたのだ。学生ぶりに触れた絵の具で苦戦したものの、文字通り自画自賛したくなるような絵が完成した。
嬉しくて作品の写真をSNSに投稿すると、多数の友人から「売れるよ!」と言ってもらえた。お世辞だったとしても、自分が少し誇らしくなった。
「もし良かったら、会わない?」
以前から、SNSでやりとりをしていた友人に声をかけられたのは、それから数日後のこと。学生時代ぶりに再会した彼女は、週末だけ着付け教室で働いていた。
いつかやってみたかった着付け。留学時代に日本のことを知らなすぎて「フェイク・ジャパニーズ(偽日本人)」と友人から言われた棘は、私の心に刺さったままだ。
「どうやったら、始められる?」
私は喰らいつくように友人に聞き、今では仕事前に着付け教室に通っている。来年には資格をとり、「リアル・ジャパニーズ」に少しでも近づく予定だ。
そして29歳といえば、世間では婚活が騒がれる年齢だ。私は気にも留めていなかったが、祖父母の心配そうな表情が後押しし、実は今年からひっそりと婚活を始めていた。
気乗りしなかったが、婚活用のプロフィール写真を撮らねばならぬ瞬間が訪れた。
私は、自分の容姿にまるで自信がない。せめてプロの腕を借りようと、写真館に足を運んだ。今では誰にも見せられない封印されし就活写真を撮った、あの時以来だ。
プロに任せると違うとみな言うが、実際どうなんだろうと撮影後にスクリーンに映し出された自分の姿に目をやる。「えっ?!」と声が出た。
私……綺麗ではないか!!!
そこに写っていた私は、間違いなく、自分史上1番美しい私だった。
◎ ◎
前職を最悪な形で退職し、2022年は私にとって人生で最も暗い1年になってしまった。しかし、この2023年を生きる私は、2022年の私がいなければいなかった私だ。
残念ながら、今年中に婚活の努力が実り、新しい恋に胸を躍らせる展開は期待できそうにない。ただ、新しい自分との出会いがあっただけでも、私はとても幸せに感じている。
やりたいことができるのは、とても贅沢なことだ。前職で日々業務に追われていた頃も思っていたが、時間が以前よりできた今でも思う。
それと同時に、やりたいことをやるか、それともやらずにいるか。それを決めているのも、実は自分だということにも私は気づくことができた。
もしやりたいことにまだ手をつけていない人がいたら、私は相手の鼓膜が破れるくらいの大声で「やれ!」と叫び、その人が前につっぷしてしまうくらいに全力で背中を押したい。
来年はいよいよ、私にとって30歳の年だ。
2024年を目前に私は決めた。私は来年も、やりたいことを全部やる。