私は中学生の時、同級生からイジメを受けた。バスケットボール部に所属しており、それは部活内で起きたことだった。靴や教科書を隠されたとか、身体的苦痛を受けたことはない。仲間外れにされただけ。

仲間外れが始まったのは、先輩たちが全員卒業してから。イジメを受けていたのは他にも何人かいた。気の強い子たちがいて、気に入らなければすぐにターゲットを変えていた。退部してしまった子もいれば、標的が自分ではなくなったという理由で、そのまま部活を続けていた子もいる。

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当時14才の私は、かなりショックを受けた。今まで仲良くしてくれていた人たちが離れていき、自分のことを悪く言っている環境が耐えられなかったし、怖かった。

部屋のベットで布団に潜りながら、学校に行きたくないことや、部活でイジメに遭っていることを初めて母に打ち明けた。責めることなく、真摯に私の話を聞いてくれた。この時、母とは“部活を辞める前に、みんなの前で自分の気持ちを話すこと”を約束した。

バスケ部に所属しようと思ったきっかけは、両親がバスケ部に所属していたという単純な理由だった。自宅の庭にバスケットゴールとボールを用意してもらい、父親の付き添いでドリブルの練習をした。本屋で参考書を買ってもらい、読んだりもした。

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私が所属していたチームは激弱だった。他校試合でも大差で敗れ、自分らと同じくらいのレベルのチームに勝ったら大喜びするぐらいだ。

名前入りのユニフォームやウインドブレーカー、肩掛けのエナメルバック、バスケットシューズを身に付けた時はとても嬉しかったし、自分がバスケ部だという自覚が芽生えて誇らしげな気持ちになった。部活道具を用意してくれた両親には本当に感謝している。

ウイダーゼリー飲料とカロリーメイトを買ってもらった時も、運動部じゃないと買ってもえないと思って嬉しい気持ちになった。

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部活の中では足を引っ張る存在だった。パスやシュートが上手く決まらず、顧問や先輩、チームメイトたちの怒鳴り声や感嘆する声が響く。練習時の全力ダッシュでは、1人だけ時間内に完走する事ができずに再チャレンジさせられる。まわりの同級生たちが試合にフル出場している中、私だけがベンチで試合の様子を見ている孤独感。残り5分で試合終了というタイミングで出場して何も残せず、ただコートに入っただけという屈辱。

他校で強豪と言われていたチームの試合を遠くから見ていた時、試合に出ていた選手たちがとても輝いて見えて、かっこよかった。

私はバスケット選手としての素質はなかった。でもバスケのことは嫌いにならなかったし、楽しかった。

体育館の床に倒れ込むくらい辛かった練習。シュートが決まった瞬間の喜び。“ポカリスエット”と書かれたブルーのドリンクボトルに入った、スポーツドリンクをゴクゴク飲んだ瞬間。

自分の思いを綴り、部活顧問に提出していた部活ノート。どれも良い思い出ばかり。

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試合時に母が用意してくれたお弁当。私、試合に全然出ていないのに、お弁当なんて食べてもいいのかなって虚しい気持ちにもなったよな。でも、母特製の大好きな砂糖入りの卵焼きが入っているのが嬉しくて美味しく味わった。

短い時間で試合に出れた時も、緊張しながらも全力で走った。相手選手にゴールを決められないように守りをに徹底した。試合に出ている時だけは、神聖な領域に足を踏み入れた気持ちになった。

そして、部活の顧問に退部するをことを伝え、バスケ部のみんなの前で自分の気持ちを話した。何を話したのかは覚えてないけど、教室の中で震えながら話したことを覚えている。私は中学2年でバスケ部を辞めた。母は自分の気持ちを伝えたことを褒めてくれた。父からは後悔はしないのか聞かれた。本当はもっと頑張りたかったけど、後悔はしていない。

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部活を辞めた後もバスケ部の子たちとは話すこともはなかった。バスケ部ではない同級生から廊下のすれ違いざまに肩をぶつけられたり、まわりの同級生と話していると、一番仲良くしていたバスケ部が嫌そうな顔をして、こちらを見ていたのは悲しかったけど。

唯一、救いだったのはバスケ部ではない他の同級生たちが、いつも通り話しかけてくれたことだった。そのおかげで中学を卒業する事ができた。本当にありがとう。

私は恵まれている。よく頑張った。