信号待ちの間、スマホをいじり、何度も同じ画面を開いては閉じるを繰り返す。
時間は18時25分、待ち合わせまであと5分ある。
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マッチングアプリの人と初めて会う約束をした。
ずっと迷って手をつけてこなかったアプリは始めてみると、思ったよりも早い展開で進んだ。マッチしてすぐ、当たり障りのないメッセージをしていたかた思うと、電話をすることになり、そこですぐに会う約束へと繋がった。
会うにはあまりに相手のことを知らなさすぎると不安になったけれど、アプリ経験者の(しかもアプリで彼氏もできたことがある)友人は「とりあえず会ってみなきゃ分からんよ」と言った。ので、鵜呑みにして会う約束を確定した。
会う日が決まってからは、着る服やメイク、髪型をネットで検索しまくった。
美容院にも行ったし、まつげにパーマもあてた。
フェイシャルエステで肌も整えたし、改めて似合うメイクの研究も繰り返した。
服装は相手の好みを聞いておけばよかったと思いつつ、無難にトレンドっぽい服装にした。
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相手の人との相性というか、マッチした感覚というか、そういうのも悪くなかった。
真面目な性格が似ていたのと、共通の趣味のおかげでメッセージや電話での会話はスムーズだったし、話しやすかった。
見た目も、お互いに顔写真を載せていた。私は、この写真で「いいね」をくれるなら、実際に会ってもそれほど違いはないだろうと思っていたし、相手の写真も正面から撮られた写真だったので不安もない。
マッチングアプリは、今や出会いの主流と言われているような時代だし、変な人がいるというのも聞いたことはあるけれど、大丈夫だろうと思えた。
ただ、準備すればするほど、会う日が近付けば近付くほど、「楽しみ」や「ドキドキ」や「怖い」とは少し違うようなバクバクとした緊張をするようになった。
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会う前日、最終準備をしながら話す内容について考えていた。
仕事の話や友人の話、やっぱり恋愛の話もするべきか。踏み込みすぎるのは良くないし、初めましての人とはどういう会話が無難なのだろうか。
アプリの先輩でもある友人に相談すると「1回目はとりあえずアリかナシか判断できたら会話なんて何でも大丈夫だよ」と言われた。
なるほどと思った。もう一度会いたい相手かどうかを決めなければいけないのだ。
もちろん相手も私をもう一度会いたい人間かどうかを見ているのだ。
純粋に食事と会話を楽しむという会ではないのだな、と覚悟した。
就寝する頃には“明日の今頃は解散してるのかあ”と考えた。
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当日の朝は仕事だというのに早くからスッキリと目が覚めた。
付き合ってもないし、初めて会う相手だけれど、一応“デート”に行くのだ。気持ちはわくわくよりも緊張の方が圧倒的に大きいが、それなりに浮かれている。
まだ会うまで半日あるのに、心臓がバクバクしてしまっていて大丈夫だろうかと思っていたが、案の定心臓のバクバクは働いている間も止まらなかった。
気持ちの準備がまだなのに会う約束をしてしまったと後悔したり、私なんか会ってもがっかりするだけだと自己肯定感が低くなったり、知らない人と会うなんて怖いことがあったらどうしようと不安になったりした。
仕事が終わって、トイレの鏡で身なりを整えて、さりげなく香る程度に香水を振った時だけは、緊張が消えていた。
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「時間ちょうどくらいになりそう!お店の前集合ね」
電車で向かっていた時、スマホに相手からのメッセージがきた。予約してくれたというお店はおしゃれな焼き鳥屋さん。電車も道順も何度も調べたからもう分かっている。私は10分前にお店の近くに着いて、うろうろして時間を潰した。
この少し早く着いた時間というのが緊張を膨らます。
やっぱり帰りたいなとか思い始めてきた頃、やっと5分前になった。
これ以上に緊張することはもうないだろうとまで思いながら、それでも楽しみにしながら焼き鳥屋さんに向かった。着いたお店の前には、とてもラフな格好で寝起きか?とも言えるボサボサで伸びた髪を鬱陶しそうにしている人の姿が見えた。