かわいくない。写真にうつる自分は自分が思うよりもっとブスだ。写真を撮るのも、撮られるのも嫌いだった。自信がないので友達がするような流行りのポーズはやりたくないし、控えめに口を開けた笑顔というのだろうか、あのいぇーい、きゃぴ、みたいな表情もできない。わたしはピース以外できない。
頬全体に広がったそばかす、大きな前歯、左右差のある目。四角く切り取られた自分は、直視したくない欠点だらけだ。

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小中学生のころは、カメラを向けられるたびに目を大きく見開いていたので、写真に写るわたしは不自然な笑みを浮かべている。目を見開いた笑顔というのは、変顔とイコールだと気づいてからは、鏡の前で左右の目が同じ大きさになるように目の開き具合を練習し、修学旅行に挑んだ。変顔にしかならなかった。

高校生になると、大きな前歯が気になった。普通に口角を上げると、唇と唇の間からのぞく前歯が嫌に強調されるので自撮りでは絶対に歯を見せて笑ったりしない。

大学生になりはじめてメイクをするとき、期待した。わたしもちょっとは綺麗になれるかもしれない。そんな思いは直ぐに打ち砕かれた。ファンデーションでも隠れないそばかす、太く、太く書いても重たいまぶたに埋もれてしまうアイライン、アイシャドウ。あぁ、アイシャドウのグラデーションが楽しめる目に生まれてきたかった。

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成人式のために美容院でメイクをしてもらったとき、二重テープを持ってきてくれたら貼るといわれたけど、小さくて左右差のある目を気にしていると思われるのがいやで、コンプレックスを指摘されたみたいで、必要ないと平気なふりをした。

捻くれながらも人並みの努力はしてきたつもりだ。美白化粧水をぬりたくったり、一重メイクをしてみたり。しかし一重メイクと検索しているはずなのに、でてくるモデルはみんな二重だ。

そばかすと、大きな前歯と小さな目の左右差はずっと隠していたいものだったけど、顔に張り付いてるんだから隠すもなにもフルオープンにするしかない。カメラアプリが進化して欠点を隠してくれるフィルターが世の中にたくさん出回っても、かわいい子はどんどんかわいくなるのに、わたしの顔はどんなフィルターを通してもわたしだった。

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ブサイクでも恋はする。
好きな人ができた。彼はフィルターで加工された写真が嫌いだと言った。「不自然だから気持ち悪い」

異様に顔が小さくて顎が尖っていて、陶磁器みたいに白く透明な肌も、薄い唇に控えめに覗く真っ白な歯も、瞳にキラキラと光が差した目も、不自然だから気持ち悪い。

その言葉はわたしにとってはかなり衝撃的だった。小さな顔も、シミひとつない真っ白な肌も、なにもかも女の子の憧れなのに。

不意打ちのシャッター音がして、彼がよく撮れたと言って見せてくれたスマホの画面には、全力で笑っているわたしがいた。お世辞にもかわいいとは言えない。そばかすもある、前歯もがっつりうつってる。目は左右差どころか、そもそもシジミみたいな目が笑ってるせいでほぼない。けど、画面の中のわたしは自然体ですごく楽しそうだ。わたしの欠点を全て写しだしているはずなのに、不思議と恥ずかしくなかった。心の底から笑っていたあの顔の前には美醜など些細な問題らしい。

わたしはいまもカメラを向けられてもピース以外できない。満足にかわいく写ることもできない。けれど、あの一枚の写真から、カメラがいまこの瞬間の小さな幸せを切り取ってくれるのだと、写真がなければきっと忘れてしまうような日常の一コマさえ思い出にかえてくれるのだと気づいた。

目の大きさをかえてみたり、無理して口を閉ざしたりせず、素直な感情とともに写真に写ってみてもいいのかもしれない。