私のチャームポイントは、サラサラのストレートヘア。ただそれだけ。鼻は低いし、たいして目も大きくない。誰かから可愛いと言われたこともなく、至って普通の女。人生をドラマに例えるなら、私の役はせいぜい登場人物Dといったところだろう。

でも、唯一、髪は気に入っていた。薄く茶色がかった地毛は、ストレートすぎてパーマがかからず、アイロンで巻いても2時間ほどで元に戻ってしまう。自慢の猫っ毛を大事にトリートメントし、ナイトキャップで守っていた。

しかし、24歳でその努力はすべて水の泡となる。

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ある日突然、全身の毛が抜けた。「汎発型円形脱毛症」といって、髪の毛だけでなく、眉毛やまつ毛、腕や足の毛までも抜けてしまう病気である。

原因はまだ分かっていないらしく、私も身に覚えがなかった。たしかに仕事は忙しかったけど、同僚とは上手くやっていた気がする。「風邪やインフルエンザがキッカケで発症する人もいるからねぇ」と医者は言う。全身の毛を失おうが何だろうが、当然生活は待ってくれない。呆然とする暇もなく、急いでウィッグを購入し、元の生活に戻っていった。いや、「元」の生活には戻っていない。

シャンプーすると髪がごっそり抜けるので、週末はお風呂に入れなかった。汚い体で外に出られるはずもなく、休日は家に引きこもり。部屋中に散らばる髪の毛。まるで美容室の床。そうして、私の体から生えていた全ての毛は、およそ3ヶ月で全員抜け落ちて死んだ。

大急ぎで購入したウィッグは、ゆるくウェーブのかかった茶髪のロングヘア。「お似合いですよ〜!」とウィッグ専門店の店員は言う。

それほんま?私はどちらかというとモード系のファッションが好きで、一時期はあえて髪を黒く染め、栗山千秋のような黒髪ぱっつんロングヘアにしていた。それが茶髪のゆるふわロングヘアである。もう恥ずかしいったらありゃしない。

なぜこのウィッグにしたか?黒髪ぱっつんロングが無かったから。ウィッグは高いものだとウン十万する。初めてで相場もよく分からず、とりあえず1万円位から始めようと思い、すぐさま家に帰ってウィッグをつける練習をした。

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ウィッグを購入してから初めての出勤日。「口から心臓が飛び出る」とはこのことか、と思いながらオフィスのドアを開けた。皆の反応はバラバラで「似合ってるよ」「いいじゃんそれ」と励ましてくれる人や、無言で凝視してくる人、絵に描いたようにギクシャクする人までさまざまだった。ただこの日を境に、明らかに皆の私を見る目が変わった。

いやに女扱いしてくるのである。

というのも、モード系が好みの私、ウィッグをつける前はメンズカットのショートヘアで、スーツは絶対パンツスタイル。男社会で舐められないよう、見た目から仕事のやり方まで徹底してガチガチの鎧で固めていた。しかし、茶髪のゆるふわロングにかっちりしたパンツスーツはどうも似合わず、クローゼットから久しぶりにスカートを引っ張り出して「女装」気分で出勤してきたのだった。

それからというもの、今までそんなこと言わなかった癖に、急に体調を気遣ってきたり、指導が優しくなったりした。ウィッグの種類が増えると「俺は前の方が好きだな」と、聞いてもいないのに自分の好みを伝えてきた。私はそれがとてつもなく面白かった。

中身は変わっていないのに、外面が変わった途端に対応が変わる。急に優しくなる。女らしくなっただけで。男って、ほんまアホやなぁ。こんなに生きやすくなるなら、最初から茶髪のゆるふわロングにしとけば良かったかも。登場人物Dから、急に主人公に抜擢されたような気分だった。

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「自分の芯は曲げるべきではない」「男に媚びるなんてもってのほか」それは本当にそう思う。誰かの顔色を窺って生きるより、自分の軸を持って自分らしく生きられたら、そっちの方がだいぶ良い。しかし、自分を生きやすくする手段は多ければ多いほど良いとも思う。
私は自慢の髪を失った分、作り物の髪で人生をすり抜けて行く。