このアラーム音、気に入らないんだよな。AM6時、大学院生であるわたしの朝は早い。
起きてまずはストレッチ、白湯を飲みながら視界がクリアになっていくのを感じつつ着替え。スポーツウェアである。起きて着替えて3キロ走ってからシャワー、ごく軽くヨーグルトで朝食を摂り、165度のヘアアイロンで前髪を軽く巻きつつ化粧を仕上げる。
シャネルのファンデーションとローラメルシエの口紅を纏って満員電車に揺られる。わたしの一日がようやく始まった。

暗い研究室には誰もいない。
また夜が居座ってるな、さっさと出て行ってくれないかしら、いつも言ってるけどあなたに付き合ってる暇なんてないのよ、わたし。
ひとりごちながら本日のToDoリストを作成する。さて締め切りがもうそこまで迫っている。
慌てている。16時24分。美容院でカットの予約をしていた。あと6分。美容院だろうと歯医者だろうと予約した時間には遅れないよう最善を尽くすし、遅れる場合には事前連絡。まっとうな成人女性であるわたしのポリシーだ。間に合った。

躊躇なくバツっと切られた鎖骨よりも長い髪。新しい私のできあがり

「今日どうする?」
ううん、特に決めてないんだよね。どうしよう。
「伸びたよね、切っちゃう?」
切っちゃう?それもいいね、切ってくれる?
「どれくらい?」
うーん、これくらいかな。
「いいの?」
なにが?
「そんなに切って」
勝手に伸びてただけだよ、伸ばしてた訳じゃないし大丈夫。

バツッ。到底髪を切っているとは思えない、何だか痛そうな音が耳元で響いている。
ふうん。鎖骨よりもずっと長いロングヘア。切られる瞬間はもうちょっと心が動くものかと思っていた。それは長い髪に思い入れがある場合だけか。
シャンプー、カラー、もう一度シャンプー、あとはおまけのマッサージ。順調に生まれ変わっていく。
「できたよ、ほら見て」
新しい私だ。うなじまですっかり顕なツヤツヤのミニボブ。
ああ、私、これで1人でも生きて行けるな。

うわ短い、でも、キューティクルすごいな、でも、良い色ね、でもなく、「きっとこれで生きて行ける」。
ただ髪を切っただけ、それでも鏡の中の自分と目を合わせて湧き上がってきたのは紛れもなく強い力、自分を丸ごと洗って奮い立たせるようなビビッドな感情だった。
誰と比べる訳でも、自分を必要以上に追い詰めている訳でもなく、ごく自然に、そう思うことが当然のように心の中にストン、と眩しいそれは落ちてきた。

疲れきっていた私を救った25センチメートルのヘアカット

目まぐるしく過ぎていく1日、1週間。気付いたら新しい月が来ていた、なんてことはざらにある。
そんな中で毎日、「私ってこうあるべき」という理想をいつの間にか自分に押し付けていた。ルーティーンを日々こなし、「理想の私」という地獄に片足を突っ込んでいる癖に何ともないような顔で過ごす絶妙に器用な自分にきっと意識の底で疲れていた。
疲れていた。切実だった。25センチメートルのヘアカットは文字通り、私を生まれ変わらせてくれた。
今日感じたこの眩しいほど鮮やかな気持ちと、髪の毛がうなじで揺れる軽やかな感覚を私はきっと忘れられないだろう。