食べる事が好きな私にとって、三度三度の食事は何よりも楽しみにしている事のひとつ。言い回しに「三度の飯より〇〇が好き」というものがあるけれど、上回るものがあまり思い当たらないくらいだ。

特にひとり暮らしを始めて自分の好きなように献立を決められるようになってからは一層楽しさが増した。食べ物だけではなく食器やカトラリーも自分好みで揃えられるようになったので食卓が色鮮やかになったような気がする。

◎          ◎

私は二人姉弟で弟とは五歳離れていたからか、家では弟の意見が優先された。男の子を大事にする、という考えが強いのも少なからず影響していたのだと思うけれど、夕食のおかずひとつをとっても私の意見が通ったことは覚えている限りはなかった気がする。

弟は小さな頃よく体調を崩してしまう子供で、母もその頃から持病で入退院を繰り返していた事、加えてその当時近距離に住んでいた祖母は、脳梗塞を患って入院していた祖父に毎日付きっ切りで介護をしていた事もあり「朝ごはん」というものが用意されていること自体とても珍しく、朝起きると父も仕事に行ってしまっているので、学校の準備や身支度も一人きりでしなければならない事が多かった。

加えて私は引っ込み思案で友達を作ることも苦手なタイプだったので、家でも学校でも一人ぼっちで寂しい思いをしていたのを覚えている。

突然「お姉ちゃん」という役割が割り当てられたのと同時に周りの大人たちが慌ただしくなり、自分の意見や気持ちを汲んでもらえなくなったので、自分自身が透明な存在になってしまったようで本当は寂しかったのだけど、表面的にはあまり気にしていないように振舞っていた。小さいながらにプライドは少なからずあったんだろう。

「そんな事くらい、もうお姉ちゃんだから気にしていませんよ」と聞き分けの良い子を演じていたのだけど、そんな強がりが大人全員に通じるわけじゃなかったらしい。

◎          ◎

大人たちが仕事や体調不良で朝ごはんに限らず夕ごはんもなかなか食べれない事が続いていたある日、お腹が空きすぎて体の力が入らず、授業中に倒れてしまった事があった。

気が付くと保健室のベッドで寝かされていて、「朝ごはん食べてこなかったの?」と尋ねる保健室の先生に「その時はお腹が空いてなかったの」と咄嗟に噓をついた。食べなかったなんて言ったらきっと理由を詳しく聞かれて面倒なことになると思ったからだ。

そうやって我を通す私に先生は「先生のおやつで持ってきたパンしかないんだけど、食べる?」とメロンパンを差し出してくれた。普段はあまり甘いものを買ってもらえなかったこともあって、他のみんなには内緒で食べたパンは本当に美味しかった。

お腹が空いたらいつでも来ていいからね、の先生のお言葉に甘え、それ以降ちょくちょく保健室を訪ねてはこっそりとパンやおにぎりなどを食べさせてもらうというのが続いたのだけど、今思い返してみると先生はきっと幼い私の強がりに気づいていたもののあえて深く追求しなかったんだろう。

その頃忘れ物や授業中にぼんやりしてしまうことも多かったが、担任の先生にきつく叱られた覚えもない。「お家の人ができないなら音読の宿題を代わりに聞いてあげるから、それが終わってから帰ろうね」と言って、終わるといつも頑張ったご褒美にとお菓子をくれたりした。

◎          ◎

自分では分かっていなかったけれど、色んな大人に助けられていたんだと強く感じる。

家で一人だと食べる気にならない食事も、保健室や教室で先生がそばにいてくれるだけで楽しく食べられた。みんなに内緒の少し遅めの朝ごはんを食べていたあの頃を思い返すと胸がキュッとなる事もあるけれど、決して寂しいだけでなく、小さな私を気にかけてくれた優しい思い出もメロンパンの甘みと一緒に忘れる事が出来ない。