「ああ、ここに住もう」
20代後半、私は初めての一人暮らしの部屋を、直感を信じて決めた。

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引っ越しは人生のなかで大きなイベントのひとつだと思う。不動産のお兄さんに聞いたら、内見で色んなところを測ったり、確かめたりして1時間くらい滞在する人もいるという。

けれど私はこのときの部屋を、ものの10分ほどで決めた。
「私、ここにします」
「え? もう少し見なくて大丈夫ですか?」
そんな会話を不動産のお兄さんとしたのが昨日のように思い出される。初めての一人暮らしの部屋は直感だけを信じて、決めた。

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いざ暮らしてみると、多少の不便さはあるものの「住めば都」というように、本当に気にいっている。なにより決定打となった南向きの大きな窓は、今では執筆の特等席になっているくらいだ。そこから四季を感じながら、ぽつり、ぽつり、と書いていく文章たちはあながち嫌いではない。

ただ、これは一回目の引っ越しだからできたことだった。実家からの引っ越しは、とても楽だったと思う。冷蔵庫や洗濯機など大きな家具はなく、当時から断捨離にはまっていた私が引っ越し業者の方にもっていってもらったものは
・マットレス
・大きな机
・チェスト
・衣装タンスを3つ
・その他小さな段ボール3箱
これだけ。

あまりの荷物の少なさに、引っ越し業者の方からしきりに「忘れ物はないですか」と聞かれた。それくらい何かに縛られることなく部屋を決めることができたのだ。もし、冷蔵庫や洗濯機を持っていたら、ちゃんと搬送してもらえるかとか、設置できるかとか、それこそ色んなところを測って調べて決めなくてはならない。今回のように「ああ、ここいいなあ」なんて考えだけではうまくいかなかったはずだ。

だからこそ楽しかった。自分の意思で決めたこの部屋に馴染みの家具を置いてもらって、荷ほどきは一時間ほどで終わらせ、床に大の字になったとき「ああ、ここが私の家か」と少しわくわくした。足りないものはもちろんたくさんあったが、それでもこの部屋にしてよかったと何度も思った。

それから、冷蔵庫や洗濯機、そして今重宝しているローテーブルを買って人が住む家らしくなってきたところで、私は思っている。
「やっぱり、悪くないな」

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どうしても気分や仕事の繁忙期なんかは、部屋が荒れがちではあるが、そういうときは花を飾ってそれに見合う部屋にする努力をしている。この部屋に住んでもう数年。少し物が増えてしまったが、やっぱりこの部屋はいい部屋だと思う。

私は偶に、こうやって大きな出来事を直感で決めるところがある。もちろん世の中的に失敗だ、と言われることもあるが私は失敗だと捉えたことがあまりない。いつだって自分に責任を持っていたいし、できるのであれば自分を信じてやりたい。それが直感だとしても。

その中でも、この部屋選びは誰かにひどく褒められたわけでもないけれど、とてもいい選択をしたと私は思っている。こうやって、自分が選択したことを日々の生活の中で「お、やるじゃん」「いい感じ」と思えるのは、直感を信じて、この部屋を選んでくれた私のおかげだ。それはまるで、未来からの助言のような感じで。