幼い頃から早起きが得意な私だが、最近、朝起きるのがしんどい。まだ布団の中にいたいと思いながら、スマホを確認する。渋々ベッドから出て、ようやくスイッチが入る。仕事前の朝の支度はなんだかんだで滞りなく進めることができる。

しかし、それと気持ちが伴っているとは限らない。理由もなく落ち込んでしまう朝もあれば、出勤後に控えるタスクに向けて気合いを入れたい朝もある。

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そんな時、出勤前に寄る喫茶店がある。その喫茶店は最寄駅から近く、おそらく昭和時代に建てられたであろうレトロな雰囲気がある。ちなみに昨今のレトロブームとは異なり、単純に年季が入っている。

今住んでいる地域に引っ越したばかりの頃は、その喫茶店のことが気になりつつ、「私にはまだ早いかな」「少し敷居が高いかな」と思い、店の前を通り過ぎるだけであった。

引っ越してから3年ほど経った。社会人3年目となり、住んでいる場所にもだいぶ慣れた。転職も経験し、今の職場では安心して働けている。それでも、仕事に対して不安を感じる時、少しだけ距離を置きたい時がある。

そんな時にふと、あの喫茶店に行ってみようと思った。私の勤務時間の都合上、喫茶店に行けるのは出勤時の通勤電車に乗る前のタイミングだけ。そこでモーニングを注文しよう。

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翌朝。逆算して自宅をいつもより早めに出て、ほぼ開店時間ぴったりに喫茶店へ足を踏み入れた。厨房には店主と思われるおじさんと、レジ付近に奥様と思われるウエイターさんがいた。「1人です」と伝えると、「お好きな席どうぞ」と案内された。

開店直後というのに、すでにお客さんが2、3組いた。そのお客さんはほぼ男性で、出勤前の中年サラリーマンや定年ライフを過ごしているおじ様だと思われる。店の内装も決しておしゃれとは言えず、外観と同様、年季が入っている。喫煙可能なため、タバコの匂いが至る所に染み付いている。20代女性の私は、きっと店の中で浮いた存在だっただろう。

私は窓際の4人席に座った。お冷を持ってきてくれたウエイターさんに「モーニング1つ」と注文した。ウエイターさんの接客はさっぱりしていた。決して冷たいという訳ではなく、むしろ適温だったと思う。飲食店で必要以上に丁寧な接客を受けるとなぜだか申し訳なく感じるし、私が飲食店で接客バイトをしていた時も笑顔を意識する一方でどこか緊張感があった。

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モーニングが私のテーブルに運ばれた。驚いて、目を少し見開いてしまったかもしれない。

通常メニューと同じ量のアイスコーヒーとミニサラダが添えられた卵のホットサンドが目の前にあった。これ、本当に600円ですか…?コスパ良すぎませんか?

まずはアイスコーヒーを口に運ぶ。コーヒーの香りや苦味と、キンキンに冷えた氷のおかげで、一気に目が冷めた。夏日だったから、余計に美味しく感じられた。身体を冷やさないようにと夏もホットコーヒーを飲んでいた私は、ささやかな背徳感を得た。

次に、ホットサンド。うん、美味しい。食パンのサクサク具合も丁度よく、ゆで卵をマヨネーズで和えた具は、バテ気味だった私の体に塩分と良質なタンパク質をチャージできた

モーニングを食べ終え、一息ついた。私はソファに座って、窓の外をぼーっと眺めている。最近座ったソファの中でこのソファが一番座り心地がいいな、とか、こんなにぼけっとするのはいつぶりだろうと、ぼんやり思った。

お腹と心の充電が完了した私は会計をお願いした。本当に600円だった。 

以降、私は時折出勤前にこの喫茶店を訪れ、モーニングを食べるようになった。決まって、食べる時以外はぼーっとしている。

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年末真っ只中のここ最近、私は絶不調だった。プロジェクトの締切に追い込まれた私は、プライベートを一部犠牲にして、血眼になって業務に取り組んでいた。

しかし、私にはどうしようもない理由で、そのプロジェクトは頓挫した。再開する目処も立っていない。その知らせを聞いてから、私の気持ちはとことんちてしまった。「口から魂が抜ける」ってこういうことかと体感した。もうすぐ仕事納め。こんな気持ちで年越ししていいのだろうか。

ふと、最近喫茶店でモーニングを食べていないことに気がついた。そのことを考える余裕すらなかったのかもしれない。プロジェクトが停止して、ある意味落ち着いている今、モーニングに行ってみようかと思う。寒い朝にホットコーヒーを飲みながら、ホットサンドを頬張る。そして、ぼーっとする。そうだ、私にはこの時間が必要だ。