Mrs.GREEN APPLEの曲「ケセラセラ」で自分を愛することを書いた歌詞がある。
私を愛する。大好きな言葉だが、自分で文字にしてみると、なんだかかゆい。そして、どんな状態を言うのか漠然としている。この曲に出会ってからずっと、そう思っていた。しかし、意外と身近なところから、自分を愛することはできるのかもしれない。
◎ ◎
歯が痛い。私がそう気づいたのは、12月に入ってすぐのことだった。
「なんだか、痛いんだよねぇ……」
いつもの疲れかしら、と思いながら過ごすこと1週間。 しだいに、ごはんを食べるとズキズキするようになってきた。 これは、おかしい。わかっている。わかっているのだが、歯医者になんて行ったことがない。どうしたらいいんだ。
数日間ウダウダしていたが、ついに我慢できなくなった私は、ようやく重い腰を上げた。
「嫌だなぁ」
ドキドキしながら診察台に座ると、女性の先生が問診してくださった。
いつから痛いのか。どこが、どんな時に痛いのか。普段どんな生活をしているのか。歯の治療を受けた経験はあるか。彼女はテキパキと、私からたくさんのことを聞き出した。
普通ならこんな時、次々に質問を投げかけられたら嫌になると思う。しかし、話すうちに不安な気持ちは消えていた。おそらく、私の緊張がわかりやすかったのだろう。彼女はひとつひとつのことを、
「Aみたいな感じ?それとも、Bみたいな感じ?」
と、答えやすいように具体的な言葉にしてくださったのだ。ありがたかった。そしてなんとか、診察は進んでいった。
◎ ◎
よく見ると、私の奥歯は不思議なところから生えているらしかった。そのせいで、その歯の間に食べた物が残りやすいのだそうだ。 歯が痛かったのは、歯肉炎を起こしていたせいだろうと言われた。さらに、小さな虫歯も見つかった。
「虫歯は治療していく必要があると思うけれど、今日はまず、歯をきれいにしてみましょう」
そこでもうひとり、女性の歯科衛生士さんがやってきた。
「取れない、取れない……」
そう言いながらも、彼女は諦めずに私の歯をきれいにしていく。
「乾いているので、クリームを塗っておきましょう」
途中、唇にサッとひと塗りしてくださった。当たり前のことのようにさりげなかったが、私は、嬉しかった。そんなところまで見ているんだと驚いた。
考えてみれば、こんなにも人前で口の中を見せたのも、じっくり自分と向き合ったのも、初めてだった。
「あ、これだ……」
帰り道、スッキリした私は、なんとなくそう感じた。 ずっと考えてきたことへの答えが、ひとつわかった気がした。
◎ ◎
その夜、鏡の前に立った私は、改めて歯を見てみた。先生や歯科衛生士さんのことを思い出しながら、念入りに磨く。
不思議なところから生えている奥歯。手がかかるのだが、それも含めて私なのだ。
身体をきちんとケアすること。それが、自分を愛することなのだ。そう思い始めてから、なぜかあらゆるところに意識が向くようになった。
たとえば、手。それまでは、あかぎれができようが、ひどい時にはそこから血が出ていようが、ほったらかしだった。目の前の仕事と比べたら、どうしたって仕事のほうが優先だと思っていたからだ。しかし、それは私の考えすぎなのかもしれないと気づいた。今では、家に帰って手を洗った後に少し、穏やかな気持ちで立ち止まることができるようになった。
「今日も働いたなぁ……」
と眺めては、せっせとクリームを塗っている。
それもこれも、大好きな言葉のおかげ。自分を愛する感覚が、揺るぎなく心に根を下ろした証だ。
これからもずっと、なくさずにいたい。だってそれは、大切な私のおまもりだから。