バレンタインが苦手だ。
あんなに心理戦が繰り広げられるイベント、なかなかない。

幼少期はよかった。
好きな人に本命チョコを渡し、仲の良い友人に友チョコを渡す。
ただそれだけのシンプルなイベントだった。
 

社会人になってからはどうだろうか。

たかが仕事相手にチョコを渡す義理なんかない。例え義理チョコだとしてもそうだ。
なぜたかが職場だけでの関係である相手に経費で落ちないチョコを自腹で買わないといけないのか。

相手が上司であるなら尚更だ。ご機嫌取りのために切り売りするなんて、賄賂と同じだ。あるべきでない。

◎          ◎

しかし、ここで戦いになるのはコミュ力おばけのお局さんだ。

上司の男性、若手の男子だけでなく、女性社員、パートさん、分け隔てなく全員にチョコを配る。

それもただのチョコではない。市販のちょっとしたお菓子のバラエティパックを分解しちょっとずつ選りすぐりかわいいラッピング袋に自分で詰め合わせたオリジナルのお菓子セットだ。

コミュ力、そしてイベントへの適応能力が高すぎる。

なぜ戦いになるのかというと、「あなたが配るなら目下の私が配らないわけにいかないじゃん!」だけではない。

そのお局さんにお返しをしないといけないのだ。 

私はバレンタインを用意していなかった。しかしお局さんは用意していた。

もらってしまった。
お返ししないわけにはいかない。

それは送っていない相手から年賀状が送られてきて数日遅れで慌てて年賀状を送り返すような罰の悪さ。

色々な意味で虚しい気持ちになる。

◎          ◎

しかしまだホワイトデーがある。
「ありがとうございます!ホワイトデー楽しみにしててくださいね!」という言い逃れができる。
ギリギリなんとかなるのである。

しかし、ホワイトデーが1ヶ月後という設定は悪意があるとしか思えない。
絶妙なのだ。
普通に忘れる。

バレンタインを用意していなかった上にホワイトデーも忘れたとなるともう何も言い逃れできない。

だから私は鼻毛の先ほども興味もない人のためにチョコを用意する。

なるべく安く、しかしほどほどに、「いつもありがとう」とか袋に書かれていてそれっぽい小さなチョコ。

だが、ただではやらん。
お局さんがチョコを出すまでは絶対に出さない。

カバンの中にひっそりと潜めておく。

そして、お局さんが、「今日バレンタインだから!これどうぞー!」とみんなに配り始めたタイミングで出番だ。

◎          ◎

「あっ!そうだったそうだった!私も持ってきたんです!渡すの忘れてたー!はい、どうぞ!」

これがベストだ。

万が一お局さんがバレンタインチョコを用意していなかった場合、私も渡さずに持って帰って旦那と2人で食べればいい。痛手ゼロで済む。

お局さんが出してきた時はすぐに「交換」という形で渡せば、1ヶ月後のホワイトデーに苦しむ必要がなくなる。

これが私が今まで生きてきて身につけたバレンタインデーの処世術だ。
この文章を読んでくださった方は、ぜひこれを参考にして今後の社会生活を生き抜いてもらいたい。

だが一つ言えるのは、無職になればこんな技何にも使う必要がなくなるということだ。

そんなことを、今、無職の私は思っている。