私は敷かれたレールを正しく歩いてきた。テストで高得点を取る。人に迷惑をかけない。何があっても逃げ出さない。諦めるなんて言語道断。友人から見た私は優等生。先生から見た私は模範生。親から見た私は…?

私は人からの評価を気にして生きてきた。言われたことを実行することが私の全てだった。”良い人間”とやらになれるように努力してきた。

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私は敷かれたレールを正しく歩いてきた。良くできた人間は勉学をこなし、生きていく術を自分で身につける。私は不器用だけど、何とかなった。自分をどうにかする術を自分で身につけてきた。

 周りのみんなは口を揃えてこういう。「〇〇ちゃんなら何でもできるよね」私はこう答える。「そんなことはないよ」と。

私は敷かれたレールを正しく歩いてきた。それなのに、いつしかつまらなくなってしまった。敷かれたレールを歩くことに。 私はこうなりたかったわけではない。いつからかレールを変えることができなくなり、誰かが敷いた路線をただ淡々と走るだけの暴走列車だった。

私は敷かれたレールを正しく歩いてきた。でもなぜだろう。正しく歩いてきたはずなのに、どうして心はこんなに貧しいのだろうか。いやだ、こんなところは逃げ出そう。そう思い立った私はレールを自分の意思で変えた。

レールを変えた私の次の駅は就職ではなく、大学院への入学だった。

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「で?なんでうちの大学院に行きたいの?何で来たの?」
そういったのは面談で対応してくださった先生だった。私の後の指導教員である。どこか貫禄があり、その言葉を言われたときの私はどこか身構えてしまった。

学部時代の指導教員に「他大の大学院で学ぶために大学院に進みたい」と打ち明けたときは、「何で大学院に進むの?社会人になってからのほうがいいんじゃない?」と言われてしまった。

社会人になってから研究したいのではなく、“今”だからやりたいのに。その先生だけではなく、友人も私の親も「大学院に行くよりは社会に出たほうが良い」という考えを持っていた。

いつもと同じように、人々が考えている正しいレールに行くことがわたしのするべきこと。そう思っていたけれど、「誰かに私の想いを聞いてほしい」と思って、私は他大の先生に会いに行った。

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威圧感と緊張感で満ちた先生の個人研究室。「何で来たの?」と言われた問いに、私は淡々と答えた。私が“今”やりたいこと。この大学院だけでしか学べないことがあるということ。大学院から専攻を変えるということ。

その先生は私の話を黙々と頷きながら聞いていた。私が一通り話し終わったあと、その先生は私の顔を見つめた。思わず息を呑んだ。なにか指摘されるのかと思って身構えた。周りの人と同じように、社会に出ることを勧めるのかとも思った。

「お前さん、面白いね」
先生はそう言った。何が面白かったのだろう…変なことでも言ったのだろうか…そう不安になっていた私に先生は続けていった。

「今どき文系で大学院に行ったって、そんなに就職で有利にならないし、ましてや今通っている大学よりも偏差値が低い大学院に進もうと思ってるんだよね?でもそこまでしてもやりたいことがあるんだよね?メリット・デメリット関係なく、研究をやりたいから来ようとしてるんだよね?私は歓迎するよ」

この言葉を聞いたとき、思わず泣きそうになってしまった。初めて私を受け入れてくれた人が現れたのだと思った。この先生は私を否定しない人だ。“私”を見てくれる人だ。
「ま、受かるかは別だけどね(笑)」
先生は最後に笑いながらそういった。

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この先生のもとで教わりたい。“私”を見てくれた、受け入れてくれたこの先生のもとで。そう思いながら私は必死に勉強した。試験に合格するために。私を受け入れようとしてくれた先生のもとで研究するために。

合格通知を見たときは思わず泣いてしまった。私は研究することができる。私のやりたかったことを私自身の手ですることができる。私を受け入れてくれた先生のもとで。

この出来事は私の視野、私の世界を広げてくれた。私はまだ研究者としてはポンコツではあるものの、先生のもとでこれから先もずっと学んでいきたい。