私は高校3年生。この言葉は私が頑張った日、反対に頑張る事ができなかった日でも高校の支援員の先生が帰りのホームルームの時、毎日のように掛けてくれる言葉だ。

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私が通っている学校はこのような言葉を掛けてくれる先生が多い。そんな高校を選んだのは、小学2年生から中学校を卒業するまで続いた不登校や別室登校の経験にある。

学校に行けない頃の私が先生に対して抱く気持ちは不信感がほとんどだった。頑張ったと思った時でも褒められることは少なく、頑張ったつもりでしかなかった。1つ出来たらまた1つ求められる。そういう事が増えていく中で気付かぬうちに頑張るという言葉が嫌いになり、頑張った、頑張れなかった、と自分を評価する私自身すら嫌いになっていった。

その経験から初めは頑張る事ができなかった日にこの言葉を伝えてくれる先生に対して不思議な気持ちを持っていた。なぜ頑張れていない今日、この言葉を掛けるのだろう。時には頑張れていないのに…と苦しくなる事もあった。

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だがこの言葉と共に先生が伝えてくれた事は、当たり前を頑張っているという事。朝起きる事が頑張った事になるなんて思ったことはなかったが先生のおかげでそれすら頑張りになると気づいた。

学校に行く事、授業を受ける事。勉強を始めたにも関わらず途中で分からなくなり諦めてしまった時にも「勉強に取り掛かった事がすごい」と褒めてくれた。その他にも私自身がまだ気づいていない事も含めて当たり前の頑張りがあると思う。

それを知ってからは頑張れなかった、と自分を責める事が少なくなった。たとえ途中で諦めてしまったとしても行動に移した事を頑張ったのだと思えるようになり、小さい事でも自分が出来たと思う事に目を向けるようになった。

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「頑張ったな」という言葉、聞く人によっては上から目線だと思う人もいるのではないだろうか。私もその1人である。でもそんな言葉をすんなり受け入れ、お守りにまでしているのは支援員の先生も学生の時に私と同じような経験をしているからだ。その経験から共感してくれる事も多く、相談をする事が多い。私が頑張りすぎないよう見守ってくれている先生の1人でもある。

高校2年生の冬休み明け、高校に入学して入れるようになった教室に入れない生活が始まった。それは今でも続いている。

当時は教室に入れなくなった自分が嫌だった。そんな自分を責めた。我慢していればよかったのかなと考える事も増えた。でも卒業を目前にした今、宿泊学習、修学旅行、全校レクレーションなど今まで参加出来なかった行事に参加出来た私を誇りに思う。それは先生たちの支えあってのことだ。教室に行く事が出来ていたらきっとこの言葉を聞く事も無く、お守りになる言葉など無かっただろう。

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私は体調を崩してしまう事が多いため進路を決めずに高校を卒業する予定だ。何もしないからといって不安が無いわけではない。

そんな中でもこの言葉を伝えてくれている先生のように優しく、日常の小さな頑張りにも目を向けられて、私のように辛かったり不安な気持ちがあったり、過去のトラウマに囚われながら日々過ごしている人に寄り添うことのできる仕事をしたいという夢がある。これからもこの言葉をお守りに私は私のペースで、夢に向かっていきたいと思う。