私が、不安な状況から抜け出すことができた出来事を、中学受験での思い出も交えながら書いていきたいと思う。

私は小学四年生から塾に通っていて、小学六年生のときに中学受験をした。
大学二年生となった今になって考えてみると、よく遊びたい気持ちを我慢して塾に通って勉強をし続けられていたなと思う。しかし、当時はそこまで受験というものを深く考えずに親に言われたからやるという程度でしか受験を捉えていなかった。

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私は訳あって、途中から同じ塾の違う校舎に通い始めたのだが、環境を変えた先の先生はとても真摯に向き合ってくださり、すぐにその先生たちのことが好きになった。

特に、社会の先生は、浮世離れし見た目と経歴を持っている少し変わった人で問題集を解いていて、基本的なことが出来ていないと怒られ、帰らせてくれないような人であった。しかし、普段は勉強面でも精神面でも相談をすれば真摯に向き合ってくれていた先生であった。

そのおかげで社会という科目が四教科の中で一番好きで、得意科目となった。勉強の根本的なことを教わることができたからか、その影響で中高時代でも日本史が一番好きな科目となった。

小学六年生の後期にもなると、受験生にとって追い込みの時期が始まる。週に何度かの講座に加えて、自習室に通い、夜遅くまで勉強を続けていた。

先ほども書いたが、小学生ながら勉強に対するモチベーションはどのように保っていたのだろうと思ってしまう。幼いと、モチベーションがなくとも何かを続けられるものなのだろうか。

そして受験直前、お世話になった先生からの寄せ書きを書いてもらえるようなノートを塾から渡された。色々な担当の科目の先生、事務の仲良かった先生、一緒に頑張ってきた友人にメッセージを書いてもらったのだが、最もお世話になっていた社会の先生からの言葉が心に残っている。
「今までの努力は決して無駄にならない、やってきたことに自信をもって全力で取り組んでほしい」
私はこの言葉のおかげで、不安な状態を乗り越え、無事に中学受験という一大行事を終えることができたのではないかと思うほど、忘れられない言葉である。今までやってきた勉強は努力と呼んで良いものであり、それに対して自信を持っていいのだ!!と、十二歳ながら感じた記憶がある。

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当時は受験前、親からの期待、周囲の友人の応援の言葉が逆にプレッシャーになってしまっていた。もしどこにも受からなかったらどうしよう…周りの目が怖いな…と考えていた記憶がある。
しかし、学校の先生よりも、親よりも受験のことや自分の成績・メンタルのことを分かっていてくれて、信頼できた先生からこの言葉をかけてもらえたことは、私にとってとても大きな財産となった。一年間、一緒に走り続けてくれた先生からいただいた言葉は、当時の私にとってとても心強いものとなり、不安から抜け出すきっかけにもなった。

受験の結果、第一志望の中学校に受かることはできなかったが、何とか第三志望の中学校に合格することができた。第三志望の学校ではあったが、塾の先生と相談して決めた学校でもあることから、私にとって何にも代えがたい色濃い中高の六年間を過ごすことができたと思う。

今でもいただいたこの言葉をたまに思い出す。大事なテストや検定の前にはこの言葉を思い出しているため、忘れられない言葉となった。受験は私にとって辛くて不安でいっぱいのものではあったが、「小学生のうちにあそこまで努力できたのなら今回も大丈夫だろう」という自信に繋がっているため、頑張ってよかったなと思えている。