「すべては環境だ」と私に言ってくれた先人たちよ。今、ストンと腑に落ちた私は、コンビニコーヒー片手に愉快に笑えている。いやあ。私はずいぶん長い間、社会とその可能性を、舐めくさっていたんだなあ。

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今月に入ってから近所のコワーキングスペースの会員になったので、毎日そこで仕事をしている。会員同士でランチを食べたり、読書会などのちょっとしたイベントが催されていて、会社員の方や私と同じフリーランサー、学生さんとお話する機会なんかもあったりして、明るくてイキイキしている。仕事も、これまでと比べ物にならないくらい集中できている。

フリーランスになってからのここ半年の私は、基本家で仕事をし、どうしてもやる気がでない時はドトールか、23時までいているコメダ珈琲にこもっていた。それでも、一文字も書けない時もあった。でも締切があるから、むりくり書いた。スッピンメガネ、よれたパーカーでほとんど泣きながらカツパンを食べているとき、もともとちびちゃい消しゴムみたいな自己肯定感がこすれて形をなくしていく。それでもどうすればいいかわからないし、コワーキングスペースに行くのも金がかかるしなあ。一人で仕事ができない人間が、人と同じ空間で仕事してどうなる?考えているうちに、明日の締切が迫ってくるから書く。

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取材や外の仕事もあるはあるけれど、自宅作業に比べれば圧倒的に少ない。明日の予定のない自分の時間を、ちっとも大事にできない。早く寝たほうがいい、やらなきゃいけないこともやるべきこともたんまりあるのに、布団の中でスワイプする手が止められない。私の人生に大きく関係のない気軽な物事が流れていく。やめたいのに、あと、1ページ。あと、30分。自傷行為とか皮膚摘み取り症のあの感覚とよく似ている、精神的自傷がクセになっていた。「!SNSは毒!」と殴り書きしてマスキングテープで一本留めしたA4用紙が肩を丸めるみたいに部屋の壁でうな垂れているのを、できる限りみないようにして何ヶ月も過ぎていた。

今年に入って、こんなことをいつまで続けるんだろうと泣いて、数ヶ月前に見つけてそのままにしていたコワーキングスペースの内見に行った。会員制で、イベントなんかも充実しているらしい。翌日6時間ドロップインで利用して、その翌日に入会を決めた。

学校や会社と違って足並みをそろえる必要がなくて、自分のやっていることを事実以上にも以下にもしなくていい、自由で健全なコミュニティは楽しい。そして適度に人の目がある。意見の違うもの同士の会話が生まれる。た、楽しい!

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スペースまでは往復1時間程度、自転車で移動するから毎日ヘトヘトである。利用初日、帰って食事してサボらず風呂に入って、低容量ピルを飲んで23時に眠った。日付が変わる前に寝たいと思えるのはいつぶりか思い出せなくて、翌朝早朝に目覚めた私は「私ってまだ大丈夫なんだ」と口に出した。ピルのおかげもあるだろうけれど、心の底からホッとした。まだ、戦える。

地域社会と関われるコミュニティが、ろくでもない自分を1日にして変えてしまった。昔よりは大分マシになったものの、人付き合いが大得意かと言われればそうではない。疲れはするし。それでも私みたいな人間は、社会との関わりを大切にしなければならない。社会の定義とは人が集まって生活を営むその集団のことで、生活とは世の中でくらしてゆく全ての時間を指している。誰かの目を意識して過ごす時間とそこで学んだ物事が自分の姿勢を正してくれて、それはスポット的に取引先の方と話すことだけでは、圧倒的に時間が足りない。

自分ひとりでなんでもできるとは思っていなかったけれど、自分を正すのは自分にしかできないと思っていた。それはそうかもしれない、でも、それはある意味傲慢だよ。傲慢だと知っておくことに、大きな大きな意味があると思ったよ。これから一生、社会を舐めるなよ、私。人を、社会を、そこで受け取る言葉を、ありがたがって生きていけ。