中3の夏から、高校受験対策のために塾に通い始めた。
一般的に言うとだいぶ遅めだと思うが、私が危機感を抱いて親にお願いしたのがこれくらいの時期だったのだ。
塾というのは、お金がかかる。そんななかで、我が家にチラシをポスティングしてきた徒歩15分の距離にある個人塾は、かなり安めだった。もう受験まであまり時間もなかったし、他に同じくらいの価格帯の塾もないようだったので、ここに通うことに決めた。

塾の建物は、40代くらいの塾長とその奥さんが住んでいる家だった。
外観はなかなかインパクトがあって、通行人の目を引く程度には古さが目立つ建物だった。部屋の床も歪んでいるようで、ビー玉を置くと転がってしまう。
塾用の部屋が別にあるわけではなく、彼らのリビングで私たち生徒への指導が行われていた。

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通い始めた目的である高校受験の結果について先に述べておくと、受かった。
元々受かるかどうか五分五分、くらいだった私の成績はメキメキと伸びていき、最終的には2ランクほど上の高校でも受かっていたであろうくらいの点数は取れるようになっていた。完全にこの塾のおかげである。その点では、もちろん感謝している。

だが、塾長はかなりの変人だった。
旧帝大卒で頭は良いが、感情のコントロールが不得意。奥さんは人柄が良く常識的な人だったので、ところどころでフォローを入れてくれていた。

私はこの塾長に異常なまでに気に入られていた。
多分、地味で不器用なところにシンパシーを感じたんだと思う。
受験が終わった後、塾を辞めないでほしいと何度も引き留められたほどだった。2時間くらいかけて説得し続けられたことも数回あった。はじめのうち、「月1000円でいいから来て欲しい」と言われていたのが、最終的に「無料でいいから来てくれ」になっていった。最早何が何だか分からない。

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2月には、あるお願いをされた。「チロルでもなんでもいいから、チョコが欲しい」とのこと。
14日、コンビニで買った数粒のチョコを袋に詰め替えて渡すと、大層喜んでくれた。

そして迎えた1ヶ月後、ホワイトデー。
塾長がキッチンから運んできたのは、手作りのホールケーキだった。しっかり生クリームが塗られ、イチゴも載っていた。
これに対してなんと礼を述べたのか、自分でも覚えていない。これまで私がどれだけ気に入られているかという話を既に聞いていた母は、これを見て大爆笑していた。結果的に、母がほとんど食べた。

ていうか、待てよ。
今気づいたけど、私が家族以外から貰った初めてのホワイトデーのお返しって、多分これだな。そう考えると、めちゃくちゃ嫌だな。なんで初めてのホワイトデーが塾長の手作りホールケーキなんだよ。

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けどまぁ、結果的に受かったし、やっぱりどちらかと言えば感謝はしている。
もし友達や年下の女の子が同じ状況に置かれていたとしたら、「今すぐ辞めなよ」とは言うと思うけど。
多分塾長の言動は、実際に為されたもの以上でも以下でもなかった。チョコが欲しい、通い続けてほしい以上の気持ちは別にないんだと思う。「こんなこと言わない方がいいな」というストッパーがぶっ壊れているだけで。

きっともう会うことはないけれど、健康に、他の生徒さんを過度に困らせない範囲で楽しく暮らしていて欲しい。