紅白のお正月飾りが姿を消し、ピンクやブラウンの広告が目に止まり出す頃。よく行くコーヒー屋さんで「チョコに合うコーヒー豆はこれ!」のポップを見つけたら、もうそんな時期かと思う。

お菓子作りの楽しさを知ったここ数年は、バレンタインの雰囲気にしっかり乗っかって、チョコクランチやブラウニーやトリュフ等を大量に試作するようになった。それに合わせて紅茶やコーヒーを見繕い、お茶をするのが至福の時間だ。
いつでも食べられるはずなのに、この時期は数倍チョコレートを食べたくなるし、いくら食べても許される気がする。

母の作ってくれるチーズケーキが大好き。レシピを聞いても作るのは母

しかし、バレンタインの思い出と言われると、思い浮かぶのはチーズケーキだ。
小学生の頃、よく友チョコを交換していた。当時はお菓子作りをしないくせに「ただチョコを溶かして固めるだけじゃ面白くない」という謎の持論があり、チーズケーキを渡し始めたのがきっかけだ。

フライパンで焼くシンプルなチーズケーキは、母が作ってくれるおやつのひとつ。学校の先生の家庭訪問や大人数で集まるときなど、何かあれば決まって焼いていた。
普段のおやつより美味しくて、年に数回しか食べられないから、いつも妹や弟と争奪戦になる。これを持っていけば間違いないと、毎年レシピを聞くようになった。
「バレンタインにチーズケーキ作りたいから、材料買ってきて~」
「クリームチーズって常温に戻すんだっけ?卵も?」
「おかあさーん、どのくらい混ざってたら良いの!?」
分量さえ合ってれば失敗しないと母は言うが、お菓子作りどころか、普段まったく家事をしない当時の私には難易度が高すぎた。
最終的には母がテキパキと生地をフライパンに流し込み、焼き上がり次第切り分けてくれた。私がやるのは、後片付けとラッピングだけ。
「もう、何回も作ってるんだから、そろそろ覚えてよ!」
「はーい、来年はひとりで作るから大丈夫♪」
そんなやり取りを、私が実家を出るまで毎年続けた。
どんなに耳が痛くなる話をされても懲りずにチーズケーキを持っていったし、母もなんだかんだ作ってくれた。

思い浮かぶのは、幸せな匂いの中で母とおしゃべりした時間

特に好評だったのは高校時代。クラスに女子しかいなかったせいか、ラッピングはしなくなり、お昼休みに皆でタッパーを広げるようになった。チーズケーキは、チョコの中に混ざるとひときわ目を惹いた。
「え、チーズケーキじゃん!」
「やっば、美味しすぎる!これならホールで食べれる~」
友達が口を揃えて褒めてくれるたび、誇らしい気持ちになった。
そうでしょう。このチーズケーキ、すっごく美味しいの。

バレンタインに、本命チョコは何にしようか悩んだこともある。義理という体で、憧れの人にドキドキしながらチョコを渡したこともある。
けれど真っ先に浮かぶのは、幸せな匂いに包まれながら母とおしゃべりした時間。チーズケーキを通して母を褒められたような気持ちになり、嬉しくなったお昼休みだった。

2月中旬、母に会う機会があった。当日の朝、焼きたてのチーズケーキの写真が送られてきた時は思わず笑みがこぼれた。
「チーズケーキ!!食べたいなって言おうか迷ってたんだよ~」
「そうなの?ちょうど良かったね」
母にとっても、バレンタインといえばチーズケーキなのかもしれない。