去年のバレンタインは、2月14日のお昼休憩中にパスタを食べていると、ちょうど視界にクッキーのお店に並べられているバレンタインパッケージが飛び込んできて、そういや今日だな、とようやく思い出した。とりあえずそこで人数分買って職場に戻った。「1人2枚とってください」とメモに残して開けておくと、メンズのみの職場で新鮮だったのか少し嬉しそうにして、休憩に持って行ってくれた。あまり期待していなかったホワイトデーは、唯一年の近い先輩だけが、「いつもダイエットしてるから、和菓子かなと思って」とおまんじゅうをくれた。
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つい先日の1月の半ばに異動の連絡が来て、2月の頭に今の職場を離れることになった。今年のバレンタイン当日は渡せないので、どうしようかと考えていた。2人、渡したい人がいた。1人は、クリスマスの日に悲しいことがあって、泣いているのを見せてしまった後輩で、「彼女に買いに行くついでに」と私にも可愛いバスボムをプレゼントしてくれた。早速家に帰って、お風呂でそれを溶かす。湯船は一気にご機嫌なピンク色になって、泡がたった。とても可愛い香りがして、癒してくれた。もう1人は去年ホワイトデーをくれた先輩で、いつも親切に手を焼いてくれた。心配性な先輩は、小姑みたいに細かく注意してくれる、大変ありがたい存在だ。2年弱の間、大変お世話になった。
百貨店で働いていると、商品の情報がすぐに入ってくる。1月末に行く、友人の演奏会のための差し入れを探していたところ、バレンタインの特集で打ち出されていた、果物の色や形そっくりに作られた缶に入れられたチョコレートが目に止まった。それがとても可愛くて、これもお昼休憩に見に行くと、その場で即答して持って帰った。その日はたまたま、渡そうと思っていた2人が揃って出勤していたので、何気なしにそれを見せると、とても好評だった。
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「バレンタイン、2人に渡そうと思ってたんですけど、これにしますか?2人とも恋人がいるし、形に残らないほうが良いのかなって思って悩んでたんですけど」
すると先輩が、「無くなるものより、形に残るほうが良くない?」とあっさりと言っていた。なんの果物がいいか尋ね、そのリクエストに答えて渡した。ちょっぴり嬉しそうな顔をして、受け取ってくれた。
それから、異動までの日々はあっという間に過ぎた。知ったお客様に順に「実は異動になるんです」と言うと、みんな驚いて惜しんでくれた。2年間で2人だけできていた常連の方も、揃って「私はこれからどうしたら良いの……?」と悲しんでくれたし、電話などで連絡したらわざわざ会いに足を運んで会いにくれたりもした。お1人は餞別にとカフェのチケットをプレゼントしてくれて、よければとプライベートの連絡先を交換してくださった。
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異動前、最後の2日間は、「立ち上がり」と呼ばれる新商品打ち出しの日だったため、お祭り騒ぎのようなその日を目掛けて、お客さんは何人もいらっしゃった。事前に告知できていなかった方にもお会いできたり、時々お話しするだけのお客様にも、お別れの挨拶ができた。みんな「またそっちのお店にも行くわ」と軽く言ってくださったが、その気持ちだけでありがたかった。異動希望を出していたけれど、徐々に猛烈に寂しくなり、ずっと自信がなくて落ち込んでいたけれど、もしかしたら私はちゃんと働いていたのかもしれない、と確認することができた。
最後の2日間は嵐のように過ぎ去り、私の仕事が全て終了した。先輩や後輩たちは明日からやってくるバタバタの日々のために最後までバタバタしていたが、仕事を終えると帰る準備をした。ようやく異動する実感が出てきて、寂しくなって、みんなに何度かハグしてもらうと少しだけ泣いてしまった。別れ際に先輩が、「またホワイトデー渡しに、のぞきに行くよ」と言っていた。あまり期待はできないけれど、もしのぞきにきてくれたらこんなに素敵なことはない。楽しいことも辛いことも、たくさんあった。一箇所目の職場のお仕事が終わり、それが私の今年の、少し早めのバレンタインの思い出だった。