彼女と私に嘘をついた彼。それなのに思い出すのは楽しい記憶ばかり

「さようなら」
相手が電話口で言う。
私は何も返す言葉が出なかった。
それまでは何度となくやりとりしていたものが、最後になるなんて考えもしなかった。
でも最後になるときは一瞬で、いつもそう思っていなきゃダメなんだ。
そのまま音信不通に。
既読がつくことも、電波が繋がることもなかった。
それが彼との最後のお別れになった。
ことの発端はほんの些細なこと。
飲み会で出会った彼は気さくに話しかけてくれて、優しかった。
でも彼には8年付き合っている彼女がいた。
8年経っているのに結婚していない。
結婚適齢期にあるのに、結構変わっていると思ったものだ。
そんな彼と交際が始まったのは、出会って間もない頃だった。
彼は8年経った彼女ともう恋愛関係にはないと言う。
でも一緒に住んでいる。兄弟みたいなものだと。
そして、私に対して恋愛感情があると言う。
今振り返れば本当に言葉巧みな人だった。
言語化が苦手だと本人は言うが、めちゃくちゃ上手だった。
言葉たくみな彼にどんどん惹き込まれ、言葉のひとつ足りとも疑うことはなかった。
そして、一緒に住もうと約束し、不動産まで契約した。
物件の話も一緒に住んだ後の話、引越しの話もたくさんした。
でも、彼は引っ越す気もさらさらなかったのだ。
それがわかったのは、彼から別れを突然告げられた時。
8年付き合っている彼女がガンで、余命わずか。家族みたいな情があるから、今は見捨てられないと。
私への愛情より彼女への情が上回ったと言った。
私は納得できなかった。
そしてその違和感は見事に当たった。
相手の女の人と電話越しに直接話す。
すると病気なんてまるでない。
彼が話していたことは全部が真っ赤な嘘だった。
彼は相手の女の人にも嘘を、私にも嘘をついていたのだ。
その嘘がバレ修羅場に。
彼は相手の女性からも振られ、言葉の通り、二兎を追うものは一頭も得ず状態になった。
真実が明らかになった後、彼と電話で話した。
傷つけてすみません、全部嘘でしたと彼は言った。
私は言葉が出なかった。
全部嘘という言葉さえ、嘘だと思った。
まだ状況が受け入れられない中で、最後に彼はさようならと別れを告げた。
私は何も返せず終わった。
普通の失恋とは違う、憎しみや怒りなどを味わった。
時間は最高の薬とは言ったもので、あんなに好きだった気持ちも時間とともに忘れていく。
だけど、最後にさようならを言えなかったのがなぜか心残り。
2人以上の人格を持っているみたいで、きっとこれからも生きるのしんどいだろうな。
変な詐欺師になりやしないだろうか。
無駄に彼への心配が募る。
とんでもなく私の心は傷ついた。
でも、思い出すのは楽しかった記憶ばかりで、新たな道の中で幸せに生きていることを願うばかり。
人に裏切られたことはそれまでそんなになかった。
そして、私は交際期間も短かったから軽傷で済んだ。
本当に守られていて幸運だったのだと思う。
早めにそう伝えてくれた彼なりの優しさだったのかもしれない。
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