『Sora. 』
これは2024年2月16日にOpenAI社が発表した、テキストから60秒程度の動画が生成できる画期的なAIモデルの名前だ。
人間のような汎用的な知能を持つ人工知能、いわゆるAGIが実現するのも、遠い将来ではないと思った。
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2月16日は金曜日で、通勤途中の電車でXの画面をスクロールしている時に私はこのニュースを見つけた。
「あぁついに実現したのか」と思ったと同時に、 OpenAI社が公開した動画の舞台が東京となっていたことに気付き、 「Soraの動画、舞台が東京なのが素敵だよね」とパートナーにLINEした。
数分後、「その感想、かおりんらしい」という返事が来た。
「ついにテキストからこんなに精度が高い動画が作れる時代が来ちゃったよ!?クリエイティブの仕事はAIに奪われるのかな」という心配はあまりしていない。
「生成された動画、素敵だったよね」と、純粋に喜ぶ私が私らしいという。
私のパートナーは、機械学習エンジニアで、特に画像認識が専門だ。
いわゆるAI関係の仕事をしている。
AI研究で有名な東京大学松尾研究室の今井翔太氏が出演していた動画コンテンツ( https://youtu.be/dDNLPuyBGdA?si=LcjcaOh16EVVWthm)で、 「賃金の高いホワイトカラーの職業ほど、AIの影響を受けやすく、肉体労働の職業はAIの影響を受けにくい」と言われていた。この動画を見て私が思わず笑ってしまったのは、AIの影響を受けにくいタスクとして、「食器洗い」がランクインしていたからだ。
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「食器洗い」は、私のパートナーが嫌いなタスクだ。お店顔負けのパスタが作れる彼だけれど、料理して食べるというある種の目標を達成した後に、美味しくも楽しくもないタスクである食器洗いが残っている、のが嫌らしい。
食器や衣類は一つ一つの形が違うから、食器洗いや 衣類畳みをAIで効率化することは難しい、と彼は言っていた。AIによってなくなる仕事があるとはいえ、私たちはAIと一緒に生きていけばよいだけで、技術の進歩は時に人間が思いつくよりも驚異的に速く、時に人を驚かせ、時には失望させることを楽しんでいけばよいのではないかと思う。
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Soraの発表翌日、2024年2月17日、土曜日。
私は、靴箱の山から「えーっと、27はどこだろう」と彼のサイズを探していた。「この赤のデザインかっこいいじゃん、番号は?あ、1215ね、あるかなぁ」と。
パートナーはよく週末にテニスをする。テニスをした後に、せっかく消費したエネルギーを無駄にするかのように、お昼にラーメンを食べて帰って来るのがルーティンだ。使い古したテニスシューズはもう寿命が近づいていて、彼は去年の春から「そろそろ買い替えなきゃ」と言い続けているけれど、1人でショッピングに行ってもなかなか買わないのだ。
自分のことを最優先にしない彼は、最低1万5千円のテニスシューズを買うことをためらう。デザイン面も機能面も外せないからこそ、「デザインはかっこいいんだけど、重いなぁ」「サイズはちょうどいいのに、デザインはちょっと....」と、1人でショッピングに行き、靴の山から探しながら、時間を使って悩むのが面倒くさいのだと思う。
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去年から、テニスシューズを見に行く旅を何度も一緒にやってきて、「今日こそは買うよ」という心意気で臨んだのが2024年2月17日。
私は、彼専属ショップ定員並みの迅速さで、彼が好きそうなシューズかつサイズが合うものを取り出す。「私の特技に、靴探しって書こうかな」と冗談を言いながら、楽しくなってくる。
「デザインは赤ベース、ブランドは〇〇か〇〇、サイズは27cm、2万円以内のテニスシューズを探して」とChatGPTやCopilotに問いかけることは簡単だし、靴はネットでも買えるけれど、実物を見に行って、試着した上でのリアルなフィードバックをもらい、それに対して即座に別の解決策、つまり別のテニスシューズを差し出せるのは、人間同士だからこそだと思う。
1年もかけてテニスシューズを探すなんて、愛がないとできない。
やっと買った新しいテニスシューズを、自宅でもう一度履き、 「見て見て」と子供のように見せてくる彼が愛おしいのだ。
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翌日の2月18日の日曜日にテニスをしに出掛けた彼は、 「テニス仲間にもう一生テニスシューズ買わないと思っていた」と言われたと、 笑顔で帰ってきた。
仕事や日常生活ではAIも大活躍しているけれど、 もっとAIじゃなくて愛にしかできないことをしたい。
愛にしかできないことはきっと、食器洗いが嫌いな人が、食器を出さずにフライパンから直接食べようとするのを、「洗うから、お皿出していいよ」と声をかけてあげることだと思うし、 「ねぇ今日こそは靴買いに行くよ」とお出かけに連れ出すことだと思う。