「お前の苗字読みにくいな、俺の苗字使えよ」
ある夕飯時に、家族でテレビのバラエティを見ていた。再現VTRの彼氏役が、彼女役に、こう言い放っていたのだ。視聴者から集めた変わったプロポーズの再現VTRの一つ。幼い頃の私は単純に「面白いプロポーズだなあ」と思った。すると母が苦々しげに吐き捨てるように、こう呟いた。「なんでいつも苗字を変えるのは女側ばかりなのよ」と。

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母は父と結婚するとき、最後まで旧姓から父の苗字に変えることに抵抗感があったという。ずっと自分の一部であった苗字を、無理やり変えなければいけない苦痛。自分らしさのアイデンティティを根こそぎ奪われるきりきりとした寂しさがあったという。

それは過去形ではない。結婚して30年が過ぎた今でも、母は公的な手続きなど必要最低限の時を除いては、旧姓を使用することがある。選択的夫婦別姓が議論に上がる現在でこそ、仕事では旧姓を名乗り続けることもできる風潮になった。

しかし、母は30年前から職場では旧姓を名乗り続けた。我が家の表札は昔から父の苗字と母の苗字が並列されている。それは結婚し子供ができ、守るものが多くなった中でも、母の譲れない反骨精神だったのであろう。何故どちらかが苗字を変えなければいけないのか。そしてそれがどうしてここまで女性側へ変化を強いる制度になっているのか。

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そんな母に育てられた私は、当然選択的夫婦別姓へのアンテナは高くなった。高校で比較文化という授業があった。生徒一人一人が外国の文化と日本の文化を比べて、テーマを設定して発表していく内容だった。

私は戸籍問題を取り上げ、日本の夫婦強制同姓と外国の別姓制度をテーマとして選んだ。世界で夫婦同姓を強制しているのは戸籍大国の日本だけ。そんな事実に驚きながら、母に相談しつつ調査を進めていく。そんな中で選択的夫婦別姓への反対意見を目にすることが多くなったので、アドバイスを求めた。

その反対意見とは、「夫婦別姓にすることで、家族の絆が弱まり、離婚件数が多くなるのではないか」というもの。母に尋ねると、こう返ってきた。

「まよはさ、おじいちゃんとおばあちゃんが2人ずついるじゃない。お母さんの方のおじいちゃんおばあちゃんとは苗字違うよね。だからと言って、どっちのおじいちゃんおばあちゃんが好きかっていう質問は良くないけど、その質問をされたとき、苗字が同じだからお父さんの方を選ぶ?違うよね。どっちが優しくしてくれたか、とか、どっちとよく会っているか、とかそういうので決まるじゃない

続けて母はこう言った。「家族は見てくれより中身だよ」と。

家族は見てくれより中身。その言葉を合わせて「私は結婚しても苗字を変えたくないです」とクラスメイトに発表したところ、コメントシートに様々なレスポンスが返ってきた。「親が離婚して苗字が変わったことがあるので、大変興味深かった。誰もが自分の名乗りたい名前を自由に選べる時代が来れば良いと思う」というコメントもあった。

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その発表から14年が経ち、私も恐らく結婚が近い(はずだ)。今の彼とは付き合って7年、同棲して1年が経ち、今のところ大きな喧嘩もいさかいもなく、仲良く楽しくやっていけている。友人たちからも「結婚式楽しみにしている」だの「早く結婚しろよ」だの会う度に茶々を入れられる。なんの不満も不安もない。

彼と一緒にいる未来に何の疑問も抱いていない。が、14年前の比較文化の発表を思い出す。彼は1人っ子。私は3人姉弟の真ん中っ子。男/女という問題を外しても、苗字を変えるのは私っぽいぞ、と気づいたのだ。

結婚したい。ずっと一緒にいたい。それと同時に苗字を変えたくない、というのはわがままなのだろうか。好きな人と一緒にいたいことと、苗字を変えたくないことは、全く別の問題のはずなのに、まるで彼の苗字に変えたくないことが愛情の欠如のように語られていること。そしてほとんどの場合女性が変更を余儀なくされていること。これはとんでもなく不均衡なことではないだろうか。

もちろん様々な事情から、相手の苗字に変えたい人もいるだろう。それはそれで全然かまわない。だからこそ「選択的」夫婦別姓制度なのだ。

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ここから更にわたしの「わがまま」は続く。プロポーズの言葉もなんだかな、と思うのが多いのだ。

「僕が君を一生守るよ」は「自分のことくらい自分で守れるような女でいたい」と思ってしまう。「幸せにします」も「自分のことくらい自分で幸せにできます」と思ってしまう。「一生ずっと一緒にいてください」は「少しは一人の時間も欲しいなあ」となってしまう。

こんなにへそ曲がりでめんどくさくても、でも彼と一緒にはいたいのだ。結局どう言われるのが正解なのかも自分でも分かっていないが、結局自分の人生の決定権を相手に委ねているプロポーズ待ちの今の状況もなんか嫌なのだ。「じゃあ逆プロポーズすればいいやん」と言われるでしょ?それに対しては「『逆』ってなんやねん」となるのだ。

彼よ、めんどくさい女でごめん。なんだかんだ注文つけたけど、「俺の苗字使えよ」だけはやめてね。