明るい、太陽のようだ、笑顔が素敵、挑戦的、バイタリティがあって……

私は、周りからよくこう言われる。
たしかに、私の写真は幼少期の頃から笑顔だし、いつもニコニコしているね、とよくいわれる。

初対面に人には、そんな肯定的な言葉をかけられることが多い。

◎          ◎

一方で、私は一人でいるのが好きな人間だ。職場の同僚との飲み会や遊びにはほとんど顔を出さない。仕事でも常日頃、職場の同僚とコミュニケーションとりたいというより、やはり1人の時間が必要だ。「付き合いが悪い」と思われているかもしれない。

笑顔とは裏腹に、ずっと長女で女子校育ちだったというのもあり、女性にも男性にも尽くされることに慣れていない。せっかくの相手からの大きな愛情も素直に受け取れきれなかったりする。

例えば、重い荷物を持った時に「それ、運んであげるよ」といわれても、「大丈夫です!」と明るくさらりと笑顔で返してしまう。
男性の同僚と食事をしても、奢られた際に、なんて反応していいのか分からない。できれば、負担をかけたくないと、必ず割り勘を切り出す自分がいる。

◎          ◎

「褒められた際に、素直に喜びを表現できない人は、魅力的に映らない」とどこかで聞いたことがある。私は、自分のしたことを褒められても、いつも謙遜してしまう。謙遜しないと、「あなたの勘違いだ、調子に乗ってる」と自己肯定感の低い母親から言われてきた背景もあると思う。

私は、せっかく笑顔でエクスプレッジブな人間なんだから、「嬉しいです。有難うございます」と純粋無垢な笑顔で、謙遜ではなく、相手に自分の喜びや感謝をしっかり伝播させようと思った。そういう小さなことで、芳醇な人間関係を紡ぎ、自分を介して明るいポジティブな循環を生み出せると思った。

今、私は「この人と関われて良かった」と思われるような人に憧れている。「この人と知り合えて良かった」ではなく、「この人と”関われて”良かった」だ。
なぜなら、人間関係の宝石というのは、お互いがどこにいるかなど物理的距離に関係なく、その人との関係性、すなわち「継続性」の中に眠っているものだと思うようになったからだ。

◎          ◎

初対面で話して「この人と”知り合えて”良かった」と思う人は、私にとっては、日常の中の刺激でありアイコンのような存在だった。一度出逢い、世の中にはあんな人がいるんだ、面白いなと思うような非日常のシーンであり、スパイスだった。

しかし、「この人と”関われて”良かった」というような人は、一回完結型でない、また会いたい、これからも引き続き友人でいたり、一緒に仕事をしたいと思うようなまばゆい兆しであり、たとえお互いが遠方にいても見えない影響力が持続する人だ。信頼というものだろうか。まるで透明な糸で結ばれているようにも感じる。

どうしたら、「関われて良かった」と思われるような人間でいられるようになるのか?
それは、なにか大きなビジョンに向かって生きていることであり、それを恥ずかしがらずに言葉にし、他の誰でもない、自分自身が1番未来への道程にワクワクしており、他者のニーズも聴き、目の前の個人をしっかり認め、同時に(一時的にでも)伴走者でもある、そんな開かれた人だと個人的には思っている。

◎          ◎

“最初の1人”であり、誰かが何かをしてくれることをいい意味で諦め(明らかにし)、困難の時はなんども方法を変えて取り組む、レジリエンスと徳を積み続けられる力のある人だとも思う。

私は、せっかく生まれ持った明るい笑顔とバイタリティ、華やぐオーラの持ち主なので、それを大事に誰よりもまず自分を認め、関わる周りの人々も認め、自分を介してポジティブな循環を生み出し、持続し続けられるような最初の1人でありたい。