「あなたが苗字を変えると大変でしょ」
そう言われた彼はすかざず私の方を見て、少し笑いながら、
「いや、でももし彼女が苗字を変えるとしても、同じくらい大変ですよね。改姓の面倒さは男性も女性も同じですよ」と言い返していた。
その姿を見て、私は「この人と結婚することはきっと一生後悔しないだろう」と思った。
私が結婚する前に夫を連れて、私の両親に挨拶をしに行ったとき、唯一、両親が反対したのは、私が苗字を変えずに、彼が苗字を変えることだった。
結婚には賛成していた。

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選択的夫婦別姓が認められていない現在。
日本国籍を有する者同士が結婚する場合は、どちらかが苗字を変え、夫婦同姓にしなければいけない。 苗字を変える大変さは、男性も女性も同じだ。ただ世の中の婚姻関係では、大半の場合、女性側が苗字を変える。 妻氏婚は少数派だろう。

 私の両親は保守派というわけではないけれど、「男性が苗字を変えると、婿養子だと思われたり、周りに色々と聞かれたり、大変でしょ」という気持ちを込めて、「あなたが苗字を変えると大変でしょ」と彼に対して言ったのだと思う。
「99%は女性が苗字を変えるんだから…」と、説得しようとする父に、私はとっさに「いや、99対1じゃないから。4%の割合で男性側が苗字を変えているから」と言い返した。 後で調べてみると、2023年度に結婚したカップルの中で妻氏婚だった割合は約5%だった。

 少しずつだけれど、男性が苗字を変えるケースも増えてきているようだ。

ちなみに、苗字を変えたいのは夫の希望だ。「苗字を変えるチャンスなんて結婚しかない。せっかくの機会だから、私が変えたい」と。付き合い始めた当初から彼はそう言っていた。職場でも旧姓利用はせず、すべて結婚後の苗字にするつもりらしい。 

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私はそもそも結婚に積極的な人間ではなかった。
25歳になる6日前、ギリギリ24歳で結婚したけれど、結婚しない人生も素敵だと思うし、「この生き方が正しい」と他人や社会から価値観を押し付けられない世の中になってほしいと願っている。
女性だから、私もいずれ自分の苗字と別れを告げる日が来るかもしれない、と頭で分かっていたものの、苗字を変える必要がないなら、変えたくないと思っていた私は、女性が苗字を変えることが当たり前だと思っている男性が心底苦手である。
昔の彼氏が、「結婚したら、イニシャルが同じになるね」と私の苗字が変わる前提で話しかけてきたことは今でも忘れられない。 

「僕が/俺が苗字を変えるよ」と言ってほしい、と願うのはわがまますぎるかもしれない。ただ、せめて「苗字はどうしようか」と、男性側からも苗字問題を議題にあげてほしい。
苗字を変える大変さは、男性も女性も同じなのだ。
私にだって、私の人生があって、キャリアがある。それを理解してくれるのが今の夫なのだ。 

私達が結婚する前は、どちらが苗字を変えるかでよく言い合った。 これも珍しいカップルだと思う。そんな私達の在り方を私はとても愛している。 苗字を変えたい彼に対し「えー、私が苗字変えたいのに」と私も粘り、「苗字を変えられるという特権を誰が得るか」という話し合いをしていた頃が懐かしい。 

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実際に婚姻届を書くまで知らなかったけれど、結婚後どちらの苗字にするかはチェックボックスで記入する。新しい苗字を書くわけではなく、「夫の姓」「妻の姓」のどちらかにチェックをつけるだけで、あっさり決まる。
婚姻届を提出しに行ったとき、「婚姻届を出したいのですが…」と言うと、 窓口の人にすかさず「おめでとうございます」と返され、「ご主人様」「奥様」と呼ばれたことで、既婚者であることを実感した。 担当者が婚姻届を確認しながら、「奥様の苗字にされるのですね」と言った。やはり珍しいのだろう。 

婚姻届を出した後、私は苗字が変わらず、勤め先には家族関係変更届しか提出していない。氏名も給与の振込先も変更しないから、私の手続きはとても簡単だった。役所に何度も足を運ぶこともなく、私は結婚した。 

実は私、数か月前に転職したばかりなのだ。「転職直後なんだから、すぐに結婚するのはさすがにダメでしょ」と母に言われたこともある。 何がダメなのだろうか。結婚するか、結婚しないかを決めるのは私の権利なのに。
ただ、母の言い分も少し理解はできる。頭では理解できるけれど、心が「そんなのおかしい」と叫んでしまう。「20代半ばで独身。これからバリバリ働きそうな女性社員を採用したのに、入社したらすぐに結婚。もしかしたらすぐに妊娠して、育休も取得されるとせっかく採用した意味がないなぁ」と人事が思うだろうというのが母の言い分だ。
私の性別と、私が独身であるということが、採用の決め手なのなら、そんな会社辞めてやろうと思う。 

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私は愛する人と人生を共にしたいと思ったから、結婚する。
結婚できるのは異性愛カップルの特権だけれど、 夫婦になるからこそ相手を守れると思ったから、結婚する。
いつ結婚するか、子どもを生むか、他人に詮索されたくない。
彼が苗字を変えたことは確かに珍しいことだけれど、「おかしい」「変」だとは言われたくない。 

だから、世の中の当たり前を問う心を持ってほしい。
そして、新しい当たり前を創っていけるような夫婦として、私達は生きていく。お互いを精一杯愛し合いながら。