大学生の時、私はキャリアが怖かった。
キャリアの何が怖かったかというと、正確に言えばキャリアを失うことが、そして人生が終わることが怖かった。

大学生当時の私が聞きかじった話だと、キャリアというものは女が築くのはなかなかに大変なものであるのに、失うのは一瞬だというらしい。例えば、結婚や出産、そして育児、介護なんかをすれば、すぐになくなるらしい。

少しでも戦場を離れたらパーティに入れてもらえなくなるらしい、というのが当時の私の見解だった。

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なんて恐ろしい。無慈悲だ。血も涙もない。

そうならないために、堅実な女性というのは国家資格などを取得し、手に職をつけた状態で戦場を離脱していく。
そうすれば、いつかまたパーティに入れてもらえるから。
しかし、私には潰しが効く資格がない。看護師とか薬剤師とか、はたまた保育士とか、そんな資格があれば強いのだろうが、私には心理学検定二級みたいな微妙な資格しかない。一体何の役に立つというのだ。

だから私はこの先の人生もう社会から抜けるわけにはいかないのだ。
子育ても介護もきっとできない。転職なんかもってのほかだ。だから、私は最初の就活で、新卒で就職する会社で、一番素晴らしい会社に一発で就職しないといけないのだ。
そうしないと、私はもうどこにもいけないのだから、あとがつらくなる。
大学生の時の私は、真剣にそんなふうに考えていたのだ。

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そんなことをふと、無職になった今なんとなく思い出している。
なぜ無職かというと、社会から落ちこぼれたからだ。「働くのまじ無理〜」と思って辞めた。それだけである。
あんなに社会から抜けることを、キャリアを失うことを恐れていたのに、いざ失ってみたら案外なんともなかった。それはもう、びっくりするほどに。

なぜかというと、一番大きな理由は私が結婚したからだ。
この前提があるだけであら不思議、私の肩書きは「無職」から「専業主婦」に変身するのだ。
実態は世の中の専業主婦の皆様には足元にも及ばないただのプー太郎のようなものなのだが、私はあんなに恐れていたキャリアを失う行為「結婚」をすることによって、何はなくともなんとなく「社会的信用」を手に入れた。

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では、このキャリアを失ったら、私はどうなるのだろうか?
ろくに働けず、家庭も守れず、キャリアを全て失って、独身無職バツイチの肩書きになったとしたら。私はどうなるだろうか?

考えてみるが、おそらくどうもならないと、無職の私は思う。
だって、職というキャリアを失った時だって、失う前はとんでもなく恐れていたし怖かったけれど、特に何もなかったのだ。ということは、きっと既婚というキャリアを失っても、私はのうのうと生きていくのだろうと感じるのだ。

大学生の頃の私よ、伝えたい。
私のキャリアはほぼない。が、分厚い面の皮と図太い神経は手に入れた。
それだけできっと生きていけると思うくらいには、十分な道を歩んできたよ、と。