「高校卒業したら、絶対また連絡するから」

高校1年生の10月、家庭科の授業が終わって調理室から教室に戻るとき、当時付き合っていた彼氏から別れを告げるメールが届いた。
突然の連絡で文字通り頭が真っ白になり、せめて電話でもしたかったが、彼はそれを許さなかった。代わりに送られてきたのが冒頭の言葉だ。

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別れの理由は聞かなくてもわかっていた。当時彼が所属していた部活の練習が厳しく、おまけに恋愛にも前向きでは無かったので、私たちはただでさえ会いづらいスケジュールで、人目を盗んでこそこそと会う必要があった。

校が別々になった分それはさらに難易度が上がり、会える頻度もぐっと減った。私はそれでも良かったが、きっと彼がその状況に耐えられなくなったのだろう。

だから別れの原因は私たちの問題じゃない。全て外的要因だった。「今の環境では付き合えない。でも卒業したらまた一緒になれる」そういう意味だと思っていたし、そう信じていた。

けれど、別れてから三度目の春を迎えて、卒業式を終えても、彼から連絡は一切来ない。こうして私は独り身のまま、大学の入学式を迎えた。

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彼とは中学3年生の秋、高校受験勉強真っ只中のときに付き合った。初めての彼氏だった。

中学1、2年と同じクラスだった彼は、母校の窓ガラスを故意に割って7万円請求されるほどの生粋の問題児でありながら、男女問わず人気があった。誰にでも分け隔てなく話しかけて少し多めのボディタッチをすれば、あっという間に距離を縮めることができる。気分屋で時に周りを振り回しながらも、彼の周りにはいつも笑顔が溢れていた。

人の小さな変化を見逃さず、私が部活で嫌な思いをして表情が暗かったときには、ふたりにしかわからない目配せと声量で「泣くなよ」とさりげなく声をかけてくれた。その日の夜、重ねてメールもくれた。そうやって彼は、誰にでも優しかった。

交際の始め方も、いたって彼らしかった。

中学3年生の夏、同じ塾に通っていた私たちは自習室でよく話すようになった。

「エビアンってどういう人がタイプなの?」「うーん、優しい人がいいかな」「そっか、だったら6組のあいつとかどう?」

すでにいろいろな人と付き合って別れてを繰り返していた彼は、私にはとても眩しい。それでも学校とは違う場所で彼と話すことは、受験勉強中の楽しみになり、変え難い特別感があった。何度も会話を重ねて、件名に「Re:」マークを連ねたメールにポンと、「そしたら今日からエビアンは俺の彼女ね」と添えられていた。

気まぐれのように始まった交際は、会わずともどこかでずっと彼との繋がりを感じるし、学校でふと彼とすれ違うときはふたりだけの目配せを交わす。私にとっての交際はもう、それで十分だった。

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「俺、お前のこと知ってるよ?!」

大学入学とともに始めた塾講師のアルバイトで出会った同期が、私の顔を見るなりそう勢いよく切り出した。同期はなんと彼と同じ高校で同じ部活に所属する親友だった。彼から私の話を何度も聞いていて、私のフルネームも知っていたため、名前を見てピンときたそうだ。なるほど、世間はとても狭い。

彼は高校1年生で私と別れた後、少なくとも高校在学中は誰とも付き合うことが無かったらしい。「あれはあいつが悪かったよね」と、同期は別れまでの経緯をそう評価した。彼も同様にそう思っていたらしい。

私と彼の空白の時間を、同期がじんわり埋めてくれる。それはありがたいことのはずなのに、ずっと願っていたことのはずなのに、埋まれば埋まるほど「じゃあどうして連絡してくれなかったんだろう」という気持ちがむくむくと膨れる。同期が「彼がまたやり直したいって言ってたよ」とでも言ってくれれば救われただろうに、そのような言葉は一切出現しなかった。

当時はメールでやり取りをしていた私たちだが、電話帳に登録された電話番号を辿って、今ではLINEに彼が自動で友だち登録されている。久しぶりにそのアイコンを見ると、彼に似た小さな女の子と公園で遊ぶ、私と等しく歳を重ねた笑顔の彼が写っていた。