「×××××××なんて簡単やろ、ちゃんとやれや!!!!」

忘れもしない、新卒2年目の夏、大事なプレゼンの前日、上司の私に対する怒鳴り声が日曜昼間の誰もいない会議室に鳴り響いた。

その場にいた先輩は、我関せずという表情でどこを見るでもなくその時間が過ぎるのをただただ空気になって待っていた。その日出勤していたのは、私達3人だけだった。

その後も上司はしばらくの間何かを怒鳴っていたが、どんな内容の言葉を発したか、パニックで本当に覚えていない。私は咄嗟に涙が堪えられず、何も言わずに退室した。

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執務室に戻ったが、誰もいない。誰もいないのに空気が足りなくて、喉が苦しく、だんだん呼吸が浅く速くなってきた。やばい、手の先、足の先がピリピリ痺れる。外のフレッシュな空気が猛烈に欲しくてエレベーターで1階まで降りたが、そこで力つき、倒れた。生まれて初めての過呼吸だった。

幸い、ビルの管理人の方が発見し救急車を呼んでくれたらしく、目覚めるとそこは救急車だった。

救急隊員さんのお陰で徐々に呼吸が普通の速さに戻っていく。

その時だった。上司が救急車に乗ってきたのが見えた。
呼吸がまた浅く速くなる。手足が痺れピリピリする。過呼吸復活。
私、このまま死ぬんじゃね?と思った。

でもなぜか、私は笑っていた。
「大丈夫かいな……」と呆れたような困ったような顔をした上司を前にして、「大丈夫です!!」と泣きながら必死に笑っていた。
今思い出しても、異常だし、気持ち悪い。

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救急車で運ばれた時でさえ、自分の心配より上司の機嫌の心配をしていた。
正直馬鹿馬鹿しいことに必死だったな、と今なら思えるけど、新卒での初めての上司だったこともあり、ただただ上司が絶対的存在だった。

その後も半年に1回ペースでいろんなバリエーションで倒れ、最後は朝起きたら身体が動かなくなり、休職した。現場に復帰することなく、入社して3年目の春に、全てから逃げるように退職した。
結局、私はせっかく任せてもらえた大型プロジェクトに最後まで関わることもできず、上司と上手く向き合うこともできるようにならなかった。

思い返せば、私は小さい頃から頑張り屋さんで、我ながらいい子だったと思う。親や先生に反抗したことはないし、そもそも疑ったこともなかった。

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転職してから1年が経った今だから分かる。世の中完璧じゃない人が大半だ。きっと、あの上司だってそうだし、親や先生だってそうだ。人の言葉を鵜呑みにして、真正面から受け止める、言われた通りに頑張ることは、必ずしも良い事ばかりではない、時に自分の身を滅ぼすのだ、と学んだ。相手を不愉快にさせないために無理して大丈夫なフリをするのはもうやめようと思った。

出来ないことは、「出来てないやばい!怒られる!」と焦るのではなく、自分に出来ないことをきちんと“出来ないこと”として認識し、出来ないことは「出来ない」と周囲に伝えよう。

また、「自分なんてどうせ無理」と決めつけず、どうしたら出来るようになるか考えることが大事だ。今出来ないことは必ずしもこの先もずっと出来ない事を指すのではないのだから。もし今、新卒2年目の私に何か伝えることができるなら、そう伝えたい。身をもって痛い目に遭って初めて分かることだとも思うけれど。

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転職してからの私は前職の時と違って、もう少しだけ肩の力を抜いて働けているように思う。一から新しい仕事を覚え、国家資格だって頑張って取得した。そうすることでほんのちょっと自分に自信を持てた。

案外やればできるんだから。
私はちょっとだけ強くなった。