私は音楽にノるのが苦手だ。

音楽に合わせて手を挙げたり歓声をあげるというのが、どうにも小っ恥ずかしく感じてしまう。カラオケでマラカスを振ったり、手拍子をするのも勇気がいる。

高校生の時、1度友人に誘われて小さなライブハウスに行ったことがあるのだが、2時間立ちっぱなしでずっと手を挙げているというのが苦しかった。手の痺れと気疲れでアーティストさんの生歌と演奏を楽しむことはできなかった。
「金輪際、私がライブに足を運ぶことはないだろう」と子供ながらに小さな決意をしていた。

◎          ◎ 

そんな私が、思わず両手を挙げて身体をゆらゆらと揺らしてしまった歌がある。

それは星野源さんの『Present』。

私は誰もいない空間でひとり音楽を聴くのが好きで、よく料理やペン字をしながら好きな曲を流している。
その日はリビングのソファに座って温かい紅茶を啜りながら、星野源さんのアルバムをシャッフル再生させていた。

有名どころの歌が何曲か再生された後、聞き覚えのないメロディーが流れはじめた。
「ん、これは知らない曲だな」と思い、紅茶を啜る手を止めてカップをテーブルに置いた。 すぐにスマホでタイトルを確認する。

『Present』。

「ああ、源さんらしい柔らかいタイトルだな」と思い、目を閉じて音楽に集中する。

◎          ◎ 

とても静やかな曲だ。
源さんの低くくて優しい歌声が私の中に入ってくる。ざらついた心の波がスーッと穏やかに鎮まる感覚がした。

始まりから終盤まではゆったりとした曲調だったが、最後のサビは楽器の音量がぐわっと上がり、明るい雰囲気に切り替わった。

そして、ある歌詞が歌われた。

著作権の関係でそれを記載することができないのが残念だが、私はこの歌詞とメロディーに心を奪われた。

雨上がりの空で虹がパアっとかかったような、風に吹かれて髪がふわりと揺れるような、思わず手を広げて風に触れたくなるような。

そんな情景が頭の中にブワッと浮かんだ。 キラキラとした感情がお腹の底から湧き出して、足の先から頭のてっぺんまで満たされていく。
「幸福感」とはまさにこの事だ。

◎          ◎ 

気づけば私は両手を大きく天井に広げて、上半身をゆらゆらと揺らしていた。

うわあ。音楽ってすごい。星野源さんってすごい。私が両手を挙げちゃうことってあるんだ。
しかも私、ニコニコのノリノリである。

実際にやってみて気づいたのだが、こうやって手を振ったり身体を揺らすことで高まる気持ちを発散させているのではないだろうか。私はこうでもしなければ、感動の涙を流しながら奇声をあげていたと思う。
歌手のコンサートでよく見る観客達の身振り手振りも、あれはきっと義務感でやっているわけではなく、自然と身体が動くものなのだ。

◎          ◎ 

曲が終わった後、興奮気味に紅茶をゴクゴクと飲んで、息を整える。

「いやあ、すごいなあ」
小さな声でポロリと独り言を零した。もはや語彙力を失った私は「すごい」しか言葉が思い浮かばなかった。フワフワとした余韻に浸りながら、源さんへのリスペクトの気持ちを数分間にわたり黙考した。

そして、まだ興奮冷めやらぬ私は、もう一度『Present』の再生ボタンを押す。

そして、ふと思いついた。
「この歌をライブで聴けるとしたら?」