キャリアの壁と聞いて、普通の人はどんな挫折を思い浮かべるのだろう。高いお給料?やりがいのある仕事?
私には、そのどれも手が届かなかった。
『欲しいキャリアに手が届かない』のではなく『キャリアそのものを積むことがかなわない』という、大きな壁があったから。

30歳独身、子供なしの私は、今もずっとアルバイトの身分で働き、生活ぎりぎりのお給料でなんとか生きている。

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私は高校3年生で、うつ病と診断された。
当時はわからなかったのだけれど、私の家庭はいわゆる機能不全家族で、物心ついてから家で気が休まった覚えがまったくない。「気を休める」ということを学ばずに生きてきたので18歳で限界がきてしまったのだ。

自分でも成績には自信があった。私自身も含めて周りの人間はみな、私が名の知れた大学に進学すると信じて疑わなかった。
でも、その成績は、気を休めることを知らないからこそできた無茶な努力で成り立っていたらしかった。

当時の私には希死念慮(死にたいという感情)があった。当たり前にあるものだと思っていたためこれもあとから知ったのだけれど、精神科の鉄則で、「希死念慮の出ている患者はとにかく絶対安静」らしい。

初めて私にその症状があることを知った医師はひどく慌てた様子で紹介状を用意し、そしてすぐに私は入院することになった。高校3年の秋から冬にかけて、私は教科書を開くことが許されない環境に身を置いたのである。

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結局買った赤本を一度も解くことなく、私は当時の志望校から4ランク下の大学に進学した。そして、その後も症状はずっと続き、大学にまともに通えないまま中退という決断をした。

新卒至上主義、学歴社会の日本企業とは相容れない学歴、そして持病。社会に放り出された私は途方に暮れた。

そして現在、私の症状はまだ続いている。希死念慮こそなくなったものの、満員電車がつらかったり、普通の人がなんなくこなせることでも私にはできないことがたくさんあって、症状がひどくなって仕事を辞めるを繰り返すので履歴書は短期離職のオンパレード。そして待っているのは不採用通知の山だった。

日本企業が新卒の大学生を雇い、短期離職者を避けるのにはおそらく処理能力に優れて社会性のある人間を雇いたいからだというのはわかる。じゃあその日本企業に鼻つまみ者にされた大学中退・短期離職者である私に職務遂行能力がないのかというとそうでもなく、今はちゃんとバリバリ働いている。ありがたいことに先日社員登用のお話も頂けたくらいだ。
だからこそ、「じゃああんなに就活で苦労させないでスッと雇ってくれよ」と思ってしまうのである。

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そもそも日本の就活になんの意味があるのか。
就活の場で語られる志望理由に本当のことが含まれているのか。企業側もさんざんマニュアル化された志望理由を聞かされてどう選ぶというのか。

私は精神疾患だったけれど、私以外にも様々な事情で何度も離職を繰り返す人はたくさんいるはずで、そういう人の中にはひとつ環境が変わればちゃんと仕事を続けられる人もこれまたたくさんいるのではないかと思う。現に私は精神科10年目にして合う薬がやっと見つかってから、かなり症状が落ち着いた。

短期離職には理由があるというのもわかる。私も理由あったから。
でも、あまりにも不寛容な社会というのは、結果弾かれる人を多くして社会を不安定にするだろう。

ダイバーシティというとおおげさに聞こえるけれど、社会全体で短期離職者含め新卒でない人も採用し、一緒に育てていく土壌が醸成されれば、私のように「能力的には働けるのに、その機会を与えてもらうのにいたく苦労する」なんて人が一人でも減れば、今よりちょっといい社会になるのに、と思う。