「君が一番大事だから」
彼の口癖だった。
彼は中学校の同級生だった。運動が得意でクラスをまとめるようなリーダー的な存在だった。私はあこがれた、彼の明るさに、そして自由な姿に。
桜の花びらが地面に落ちた。穏やかそうなクラスだった中学校生活もそのままがいいなと思った。
もうじりじりする夏休み、三者面談のために学校に来ていた。
見ない車だな~と思ったら誰かとあるちょうど目が合った。それは、K君だった。
K君と私はぼちぼち話していたら面談の順番が呼ばれ、早々にバイバイした。
これがきっかけで連絡を取り、恋人になった。
◎ ◎
小さな田舎では「恋」は大ニュースだ。次の日にはお祝いムードだったが、私がそういうのを好きじゃないことを知ってくれており、大々的には行われなかった。
だがこの町の情報通であるお母さんは当然のように知っていた。私、言ってないのに。しかし何も言ってこなかった。
母、強し……ここで初めて思った。
東京へドラえもんを観に行きたいといった時も快諾してくれた。
あの時に買ってくれたティッシュケースがかわいくて実家に帰るたび嬉しくなる。思い出がよみがえるみたいで楽しくも最後は寂しくなる。
彼はよく言った、「君が一番大事だから」と。
連絡が5分以内に返ってくること。
友達や家族との約束があっても、私を優先してくれること。
推薦で行った野球部を辞めたこと。
私の上京を知り、彼も上京したこと。
「君が一番大事だから」彼は言った。何度も、何度も言っていた。
はじめは嬉しかった。私のために、そして私が彼の一番であったことが。
でも私はだんだん変わってきた。私の行動1つで、彼が彼の人生をも変化させることが気になるようになってきた。
連絡は嬉しいけど、自分のペースで大丈夫だよ。
家族との約束あるんだね、じゃあ私とはまた今度にしよう。
野球部……辞めるんだ、やりたかったんじゃないの……。
でも彼は言う、「君が一番大事だから」と。
◎ ◎
私が一番大事だから、という理由で彼がきめてしまうことが、私にとっては、「私は」一番じゃなくてよかった、「私が」一番じゃなくてよかった。
彼がしたいこと、彼がかなえたい夢。
その1つ1つを見ていたかった、ただそばで見ていたかった。
私がいると彼の人生が見えないと思い別れた。私も私なりに彼が大事だったから。
そして何より彼が自分で選んだ人生が「一番大事」だと思ったから。
数年後、母親から聞いた。
彼がカメラマンとして活動を始めたこと、地元で個展を開いたこと、とても楽しそうだったこと。
嬉しかった、彼の、彼自身の「大事」が見つかったこと。
彼の人生を歩んでいること。
あの恋がなかったら、お互い大きく違っていたと思うけど。
あの恋があったから、彼自身の「大事」が見つかったのかなと。
あの時一番大事と言ってくれてありがとう、そしてその大事を壊してごめんなさい。
どうか体に気を付けてお元気で。