就活戦争に惨敗した私は、大学卒業後、在学中からアルバイトをしていた飲食店でフリーターとして働いていた。調理の仕事は好きだったし、長年続けてきたこともあり、店長からは「このまま正社員になっちゃえばいいじゃん」と、半分冗談半分本気で言われていたが、私は頑なに断っていた。

なぜなら、サービス業で正社員として働くことの厳しさを目の当たりにしていたからだ。

店長は開店前から閉店後、すなわち12時間以上出勤している日がほとんどだった。客を出迎える彼女の笑顔には、いつも疲れがにじんでいた。休みの日にも店に来て、パソコンを開いて事務作業をする彼女に、何度ドリンクを持っていったかわからない。
いくらこの仕事が好きでも、私はプライベート時間の確保されない生活など耐えられない。私は彼女の小さな背中に、この仕事の、この働き方の限界を見ていた。

そしてもう一つの理由は、「何としてでもどこかの企業に就職しなければならない」と思い込んでいたということだ。「企業」の中には飲食業も含まれているというのに、大学の就活概念を刷り込まれた私の頭には「オフィス勤務=就職」という謎の方程式ができあがっていた。

「せっかく大学を卒業するのに、アルバイトでもできるサービス業に就くなんてもったいない」という、なんとも失礼な発想を持っていた学生は、きっと私だけではなかったと思う。
その後、なんだかんだで結局”企業”に就職したものの、2年程で退社した私は、やっぱり飲食業が恋しくなって、別の店でアルバイトを始めた。

仕事内容も、フリーターという自由に気楽に働ける環境も、自分には合っていた。

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ある日、同級生と食事に行った。社会人3年目の年になると、新卒で入社した同級生はそれなりの仕事を任されるようになっているようだった。営業職として、毎日残業して、上司と喧嘩してストレスは溜まるものの、仕事をやり遂げた時の達成感は格別だと、彼女はキラキラした瞳で語った。

ふと、彼女が最近共通の友人と会った時の話になった。その友人はアパレルショップで契約社員として働いていた。私も何度か彼女の勤務先の店舗に立ち寄り、挨拶がてら茶化しに行ったことがあった。柔らかい雰囲気で人当たりの良い彼女に、販売員という仕事はとても似合っているように思えた。

話を聞いていると、どうやら同級生は、友人の仕事に対する向き合い方が気に入らないようだった。いわゆるバリキャリな彼女にとって、全然やる気もないし、すぐ辞めたいから結婚したいと軽い口調で話す友人の態度が癇に障ったようだ。
「所詮アパレル。契約社員で働いている彼女と私は違う。私はこんなにも真剣に働いている」彼女の言い分はそんなところだった。

自覚があるかは定かではないが、彼女の口からあふれ出す言葉の端々に、非正規雇用労働者を、サービス業を軽視する思想が垣間見えた。

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確かに契約社員の友人もアルバイトの私も、彼女ほど死に物狂いで働いてはいない。一生懸命仕事に打ち込む彼女は立派だと思うし、そこまで本気になれる仕事に就けた彼女を少し羨ましくも思う。
ただ、正社員でなければ、毎日残業して体調を壊すほど働かなければ、”立派な社会人”として認められないのだろうか。
そんなこと、アルバイトの私に言われても…と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、うんうんと頷いて彼女の話を聞きながらも、私の中には小さな、暗くて冷ややかななにかが落ちていった。

見下されていると感じると同時に、事実だから仕方ないと思う自分もいた。でも、果たして本当にそうだろうか。

日本の労働者のうち、非正規雇用労働者は全体の約4割、2000万人以上に及ぶと言われている。自ら望んで、もしくは仕方なく非正規雇用で働くその4割の人々はすべて見下される対象で、それは受け入れなければならない当然の結果なのだろうか。その他6割の正社員の中の、年功序列で給料はやたらもらっているくせに漫然と窓際に居座るおじさん管理職よりも、疎まれるべき存在なのだろうか。

仕事に情熱は持てなくとも、週に5日も働いているだけで十分偉いと私は思う。5日ではなくとも働いているだけで、生きているだけでみんな偉い。

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結局私はコロナで仕事を失った後、安定した給料目当てで転職を果たし、現在は正社員としてオフィスで働いている。
言われたことしかやりたくない、キャリアアップに興味もない、会社をATMくらいにしか思っていない私だが、どうにかこうにか”立派な社会人”に擬態して、この社会に紛れ込んで生きている。

仕事のやりがいは誰にでもあるわけではない。給料のためだけに働いて何が悪い。仕事が好きでも嫌いでも、周りに迷惑をかけなければ、各々がやりたいように、好きな形で働けばいい。様々な価値観を持った人がひしめき合う、この混沌こそが社会というものなのだ。

勤務中お菓子は食べるし、電話は取りたくないし、時々眠すぎて白目をむくし。な〜んもしたくないけれど、正直毎月5億円欲しい。つくづく私は社会不適合者だと思う。

それでも、生きるためには働かなければ。
やるべきことだけやって、今日も定時で帰ろう。