会社の隣の部署にかっこいいと思う人がいた。
最近転職してきた人で、爽やかな見た目で物腰柔らかい人だという印象を持った。
学生のときならいざ知らず、社会人になり年齢を重ねると、かっこいいと思う人にはすでにパートナーがいることが当たり前になった。 それにより、勇気を出して一歩踏み出すより前に、先のことを考え、自分が傷つかないように思いとどまることが多くなった。
◎ ◎
今回も私の引っ込み思案な性格も手伝い、自分からグイグイとコミュニケーションを取ることはできなかったが、隣の部署という離れた場所から、かっこいいな、目の保養だなと思って眺めていた。
アイドルを追いかけるのとも違うこの感じは、学生時代に憧れの先輩と接するようなものだと思った。学校ですれ違うだけでドキドキして、顔見知りになり、ちょっと仲良くなれて挨拶ができるようになれば、めちゃくちゃハッピーだった。休日には月曜日が待ち遠しくなり、先輩に会うためだけに学校に行くようなものだった。
学生時代の私は、かっこいいと思う人がいても、 ただ見ているだけで満足していたし、もっと仲良くなろうなんてことはおこがましいと思っていた。自分の容姿に自信がなかったし、先輩から見ても、私は大勢の中の一人だということに気づいていたからだ。
◎ ◎
その隣の部署のかっこいい人と、たまたま仕事で関わりがあってしゃべった時は、仕事だと割り切っていたせいかドキドキしなかった。遠くから見てるだけで満足だという学生時代の気持ちが蘇った。
あるとき部署の垣根を越えた飲み会が催された。その時にそのかっこいいと思っている人と同じテーブルになり、成り行きで彼女がいないということを知った。
そのとき仕事が忙しく、半年ほど男性と出掛けていなかった私は、思わず「デートしてください」と言っていた。お酒の場ということもあり、他の人の目もあるところだったので、冗談っぽく聞こえたかもしれない。
彼の返事は「いいですよ」というものだった。
私は喜びで舞い上がったが、その場で無下に断られなかっただけで、蓋を開けてみると実際にはデートに行く話にはならなかった。
当たり前だが、具体的に何かその飲み会の場でデートの話が詰められたわけではなかったのだ。今後に期待できるのかというと、プライベートの連絡先も交換していないため、難しいことが酔いの覚めた頭で考えるとすぐに分かった。
◎ ◎
彼の良い返事は、残念ながらその場のノリの社交辞令だったのだろう。その場で無下に断った方ら周りの心証を下げるに違いない。逆の立場でも同じように振る舞うなと思い、喜んだ反動でため息があふれた。
引っ込み思案で、自分に自信がなく、恋愛にはとことん奥手だった私から男性をデートに誘うという積極的な行動ができたことに驚いた。
社会人になり、自分に自信を持つことができた結果だと思う。
学生時代から憧れの先輩にも積極的に声をかけていれば、今また違う世界が広がっていたかもしれない。