恋人になれないならどこかに消えてほしい。そう思ったのは初めてのことだった。
高校のころ、有志の高校生がいろいろな学校から集まって1つの舞台を作る「合同公演」というのがあり、そこで演出をしていた私は、遠くの高校から役者としてやってきた、亜美に出会った。

最初の稽古が終わった後、亜美からメールが来た。「先輩、お疲れ様です。言い忘れたダメ出しはないですか?」私は前向きな姿勢に驚きながら、こと細かにメールを返した。

それがきっかけで、毎日メールをするようになった。亜美のことをどんどん知っていった。ボーカロイドが好きとか、将来のこととか、メールで足りない時は電話で話して。

◎          ◎ 

ある時、稽古場が変更になった。私が迷わずに着けるか不安だと話すと、一緒に行こうと言ってくれた。早朝、亜美は鼻の頭を赤くして待っていた。結構待った様子だったのに、今来たところです、と微笑んだ。
それから、毎回待ち合わせて稽古場に向かった。実は、家が全然近くなくて2人とも遠回りだったのに、そんなことは一度も話題に出さなかった。

私は稽古のたびに演技が上手くなる亜美が眩しかった。亜美が演じている姿は本当にかっこいい。でも、2人きりの時の亜美は笑顔で可愛いのだ。
亜美の高校と私の高校が同じ日に終業式で、半日で学校が終わるからと、会うことになった。私は学校終わりにいつも遊んでいるメンツに謝って、亜美が指定した駅に急いだ。
広島は川が多くて、駅までにいくつも橋を越えなくてはならなかった。最後の橋を渡りながら、胸の辺りがザワザワするのを感じた。もう引き返せない、と思った。

好きだ。
友達の誘いを断るくらいに。寝不足でも深夜まで電話したいくらいに。遠くても会いにいくことを躊躇しないくらいに。
でも私は女子高生で、亜美も女子高生だった。私は女の人を好きになったんだ。どうしたらこの気持ちを抱えたまま友達でいられるだろう、と思った。付き合うとか、望まないから。

気持ちを自覚して、いざ亜美に会うと急に顔が熱くなった。こんな気持ち気づきたくなかった。亜美はいつも通りの笑顔で。ああ、友達でいるなんて、不可能だと思った。

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それからの私は稽古の時、亜美を避けるようになっていた。恋人になれないなら、私から終わりにしたい。
本番が近づいていた。最後の練習の日、亜美に一緒に帰ろうと誘われた。この舞台が終わったら、接点がなくなる。疎遠になることがお互いにわかっていた。

バスで隣同士に座った。

「もう本番なんて……不安です」
「いつも通りで大丈夫。自信持って」

珍しくそわそわしている亜美に、少しイタズラ心がわいた。

「えい」
私は亜美が手に乗せていた定期券を奪って、亜美の手に自分の手を重ねた。このくらいのスキンシップなら友達でも許されると思ったバカさを恥じた。心臓が破裂しそうだった。
すると、亜美はニヤリとして、重なった手を恋人繋ぎにした。

「えっ」

窓の外は雨で。亜美の顔が見れなかった。亜美もそうだったのかもしれない。
水滴がヘッドライトに照らされてキラキラしていた。何も言えなくて、ただこの時間がずっと続いてほしいと思った。

でもすぐに駅に着いて、亜美が広げた傘に2人で入って、バスを降りる。
ぽつりと聞いた。

「いつからだったの」
「わかんないです。ただ、気がついたら先輩が1番になってて」
「そっか、……本番、頑張ろうね」

私は自分の傘を広げて、振り向かずに歩いて帰った。

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その日の夜、泣きながらずっと考えていた。嬉しくて悲しかった。バカになりたかった。この先のことなんか考えないで、ただ気持ちに従えばいいのに、それがあまりに難しかった。本当に好き同士だとして、付き合うのか。女同士で。現実で。幸せにできるのか。

何も言えないままに本番が終わって、2週間くらい経って、亜美から連絡が入った。

「会えませんか」

カラオケで、亜美は何事もなかったみたいにニコニコしている。自分だけが振り回されてるみたいでイライラして、言ってしまった。

「あのさ、君は何も考えないで友達やれるかもしれないけど、私はできないよ。なんでまた会ったの?」
「わかってないのはそっちですよ」

亜美のこんな顔は初めてだった。

「え?」
「どんなに勇気を出したか……好きなんです」
「好きって、……私とは違う好きだと思うけど」
「違わないっす」
「じゃあ、私にキスできる?」

亜美は私にキスをした。いろいろな感情が、音を立てて崩れた。

「本当にいいの?私で」
「先輩だからいいんです」

こうして、私たちは恋人になった。