これはちょうど1年前、去年の3月の話だ。

毒家庭ともいうべき、精神経済DVの酷かった家から心機一転、一人暮らしを始めた時期。ちょうど辛い仕事に当たっていて病みによる闇がより激しさを増していたその時期に、実家に置いてきてしまっていた1番大切な家族…母が突然、本当に急におかしくなってしまった。

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明確に「おかしい」と感じたその日。私は通院があり、母に車で迎えに来て貰っていた。運転を見ていると左や右に寄ってフラフラ、スピードも上がらず、信号は見えていない様子だ。明らかに妙なその状況で自損事故を2件、そしておぼつかない言動。こんな変な自損事故を多発するような人ではないのは、長年母の車に乗ってきた私だからこそすぐに分かった。

私の本能が「絶対におかしい」とずっと喚いていた。しかしその日は遅かったのと、本人の意識がしっかりしすぎていて病院に行く事を断られてしまい、結局連れて行くことができずに終わった。

その次の日は連絡が完全につかない状態だった。昨日から叫んでいた私の本能が「もう本当に絶対におかしいから、早く帰れ、早く」と何度も何度も騒ぎ立てる。
帰ろうにも実家に行くのには助けがいるため、別の家族を呼び出し、大切な母のいる家に帰宅した。

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既にかなり意識が朦朧としていた状態で、なのにやりとりはある程度まともにできる。毒家庭が救急車を呼ぶ事を良しとしなかったため、半ばキレながら、しかし躊躇う事なく病院の救急窓口に駆け込…いや、押し込んだ。

検査の結果は「高血圧が原因の脳出血」だった。そういえば数年前から、全く進行しない認知症のような妙な症状があり、今になって思えば兆候はそこからあった気がする、と手術の同意書を書きつつ、母を手術室に送りながらぼんやり思ったのを覚えている。

不思議に感じる事が始まったのはそこからだった。
私と、私の家族や親族は全員、「大病をして入院する」なんて事が殆どない。特に私の物心ついてからなんて誰も倒れた事がないし、1ヶ月以上入院するような事も一切起きた事はない。

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要するに、私はこういった事の対応は初心者を通り越して完全に無知なはずだった。なのに、元から、昔から、全てを知っているかのように身体が動いた。

手術室に送り届けた後すぐ、母の仕事場から私の相談先から、何から何まで各所に連絡を行い、毒家族が忙しいを言い訳に何もしなかった事故関係の対応の全てを、他にも入院時の対応や必要物の準備や持ち込み…全て、ミスや失敗を起こさず完璧に遂行出来たのである。しかも、一番の助けとなる「名前シールの印刷機」の事を思い出したのも最早神がかっていた。

その後、入院していた母から、私が病院の先生やスタッフから褒められていたと聞いた。どうやら持ってきたものなどがとても的確だったらしい。辛い仕事に加えて母の手術や入院…心が衰弱していた中、少し救いになって、嬉しくなった。

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私は元から、色々な事象に対して強い不安を感じてしまう事が多い気質だ。ここに至るまでで一番不安だったのはコロナ禍。コロナになってうっかり入院なんてしたら、誰も助けてくれないのは目に見えていた、どころか、そうなるビジョンすら見えていた。

SNSをしていると、コロナの入院だけでなく、様々な入院に関する役立つアイテムの話も回ってくる。自分にも何事もないと言い切れないので、それらを参考に色々と役に立ちそうなものを買い、一箇所にまとめておいた。その品が今回奇跡的に役立った。

私の気質がある意味で助けになった、でもそれ以外にも不思議と体が動いたのは、きっと運や縁のおかげなのだろう。これからもそれを大切に、始まったばかりの新しい未来へ、回復した母と共に歩んでいきたい。