「高円寺に住もうと思わなかったの?」
好きな人の言葉で、住む場所を選んだ。もう三年も前になるだろうか。まだ大学生だった頃の話。
当時、バイト先の年上の子と何回か遊んでいた。私は大学生で、彼は大学院生で一個上。二人ともお笑い好きで意気投合。私はライブハウスに足を運ぶまで開拓してなかったけど、彼は好きな芸人のライブに通っているらしい。
「このライブに行きたいです」と、私から提案して遊びに行った。
◎ ◎
二回目に遊んだのは吉祥寺。バイト先でもらったチケットで映画を見たり、喫茶店でお茶したりした。
帰りの中央線に乗る。吉祥寺から快速で、西荻窪、荻窪、阿佐ヶ谷と止まっていく。
お笑いコンビ「オードリー」の春日が住んでいたアパート「むつみ荘」の話になった。「確か阿佐ヶ谷にあるんだよね。見ていく?」。
「行きたいです!」立ち上がって傘を落とした。嬉しかったんだろう。
ネットに載っている住所を見て、駅の南口を歩いていく。まもなくむつみ荘が見える。
「本当にあるんだ」純粋に感動した。
そこから高円寺まで歩くことに。私が前から「高円寺が好き」だと、よく話していたからだ。
「この商店街が好きなんです」と純情商店街を紹介する。歩きながら、ふいに「高円寺に住もうと思わなかったの?」と聞かれた。
夜の商店街はきらりと光る。思わず彼の方を向く。
私はそれまで、高円寺は「住む場所」というイメージがなかった。遊びに行く街だと思っていた。だから「高円寺に住んでる学生っているんですかね」(普通にいる)と答えた。その後、契約更新のタイミングで引っ越すことを決める。場所は大好きな高円寺だ。
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高円寺での生活は、毎日夢を見ているみたいだった。
高校の頃に憧れ、初めて東京で遊びに行った街。田舎暮らしでフラストレーションまみれの心を救ってくれた、アイドルが行っていた古着屋。道端でネタをする駆け出しの芸人たち。街を歩くだけで「ときめき」はまだ残っていた。
中央線のアナウンスを聞くだけで嬉しかったし、「自分で選んだ」「好きな街で暮らす」ことがこんなに幸せだとは。今までの私は知らなかった。
「住む場所で人生が変わる」というけれど、本当なんだ。
学生だったこともあり、それまで住んだ場所はほぼ親が決めたもの。「自分で住む家を決める」ことも初めてだった。
彼の「好きな街に住もうと思わなかったの?」という一言は、私に「憧れを選ぶときめき」を教えてくれた。憧れに手を伸ばすことに、後ずさりしてしまう気持ちもある。けれども、ふっと軽く超える一言を私にくれた。
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夢の高円寺ライフは続いていたが、片思いは終わりを迎える。だけど心の中に残る一筋の光。
「あの恋があったから」。私は「自分の好きな場所で生きられる」ことを知ったのだ。
今はもう、高円寺には住んでいない。けれど次の場所も「自分が好きな街」に決めた。
これから先も、私は「私の住みたい場所」を「自分で選んで」決めていくんだ。