私は二卵性双子の姉で、生まれる前から妹と一緒だった。いつでも同い年の友達がいるような感覚で、私にはそれが普通だった。小さい時は喧嘩もしたし、同い年ということで両親にも苦労をかけたと思う。今はそれぞれ独立し、実家を離れて暮らしているが、連絡もまめに取り、今でもよく会っている。

二卵性双子は一卵性双子と基本的なメカニズムが違うため、生まれるのがたまたま同じタイミングだった姉妹と変わらない。顔は姉妹といえばそうだよな、というくらいで、似ているとはあまり言えない。石橋を叩いた結果に関係なく川に飛び込み泳いで渡る私と、石橋を叩き過ぎ、タイミングを長考する妹。性格は全く似ていなかった。

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双子の妹は見て育ったものが全く同じなので、幼少期のすべての話が共有できる同級生のようだ。
世代が同じ友達とも、ここまで全てが伝わる相手はいない。ふたりにしかわからない話で永遠に笑っている。ここまで一緒だと話すことって無くなるのでは。と聞かれることがあるが、私たちはいまだに、小学生の時の給食とか、当時一緒にやっていたテレビゲームの武器の名前とかの話をしている。そしてなぜかお互い、自分より自分の小さかった頃に詳しい。

当たり前だが、誕生日は同じなので、家では二人一緒に誕生日をお祝いしてもらっていた。あまり詳細には思い出せないが、プレゼントも同じものだったりした気がする。その当時、誕生日に特別感があったかというと、そんなことはなかった。なんかいつもふたり同じだし。他の友達のような、その子だけの誕生会やプレゼントが羨ましかった。

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大人になって、妹は私より先に社会人になり家を出て、私も卒業してすぐに地方に就職したので、実家で一緒に誕生日を祝うことは無くなっていった。

ある年の誕生日、当時のパートナーがケーキを買って帰ってくれた。そこには、妹と連名ではなく、自分の名前だけが書かれたネームプレートが載っていた。
人生で初めて見た。ひとり分だとこんなに余白があるのか。これは間違いなく私だけのためのものだし、このプレートをどちらが食べるかという問題は起きない。
そう思うのと同時に、私の中で自分が双子だということって、意外とアイデンティティなんだ。とも思った。全く似ていない妹。同じ日に、生を受けた妹。でも、私の誕生日は、妹の誕生日。それは、他の家族の誕生日とは少し違う、特別なお祝いの日だった。小さい時はそれに気づかなかったが、誰かと同じ誕生日を味わえることだって特別だった。

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今でも毎年誕生日には、双子の妹にメッセージを送る。

それは毎回決まってどちらかの「誕生日おめでとう」からはじまり、そのメッセージを受け取る方が「え、私も今日誕生日なんだけど」と言う、といったなかなか聞くに耐えない身内ノリの茶番なのだが、何かの意地でここ数年続いている。その後「ということは星座も一緒」「血液型も」と延々共通点をあげ、ネタ切れしたところでどちらかが「生まれた家が一緒」と言うまで続き、突然終わる。ここまで来たら、一生やろうと思う。