漂流した者がたどり着く街、新宿・歌舞伎町。眠らない夜の街は、まるで誰かを迎え入れるかのように、どの時間も明かりを点けて待っている。ここに資格などいらない。学歴がなくても職歴がなくても関係ない。前科がある者にも知らんぷりをしてくれる優しい街だ。
しかし、そこには弱肉強食ならぬ怖い大人が息をひそめて待っている。その事実を踏まえた上で自身の立場を確認し、どの程度足を踏み入れるのか均衡を図りながら、自身のポジションを確立していく必要のある街でもある。
そんな街で私がした不思議な出会いについて、いまからここに書いていきたい。
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私がこの街に出入りするようになったのは昨年の7月のことだった。後に担当(ホストクラブで指名する相手)となる、私と関心の近い著名人がこの街で働いていて、その方にお会いしようと意を決して出向いたことがきっかけだった。
私は以前からこの街に関心があり、度々訪れることはあったが、コンビニ含めてその場所にお金を落とすことはなかった。片っ端から本を読み漁る好奇心よりも、他者に声をかけられる恐怖心の方が勝り、コンビニ一つ入ることが恐ろしかった。そもそも学生時代の長かった私はこの街に遊びに行ける金銭などなく、この街に関する知見は深まるものの、身近に感じることはなかった。
そんな私を一気にこの街に近づけたのは、担当だった。彼は元々文化資本の高い者に関心を持たれる傾向にあり、私のようなこれまでこの街とは無縁だった者を多くこの街に招き入れることに成功している。私もそんな彼に関心を持ったうちの1人であった。
2度目の入店となった8月中旬。私の隣には伊野尾慧と横山裕を混ぜたかのような、顔の整ったキャストがヘルプとしてついた。私の担当によると、彼は私の住む地域のトップ校出身らしい。その後も会話を進めると、同じ町出身であることが分かり、「A中ですか?B中ですか?」と、そのキャストが尋ねてきた。そして、私たちはともにA中学校の卒業生で、しかも在籍年度が被っていることが分かった。
咄嗟に笑いにまみれる周囲。名前をお聞きすると、「山田です」と、以前このエッセイで紹介したチャラ男の親友であることが分かった。
「え、山田じゃん!知ってる!部長じゃん、中学も高校も。太郎の親友じゃん!」
「そうそう」
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彼の親友で、卓球部の後輩でもある太郎から聞いた話。それは耳を塞ぎたくなるほど私の家とよく似た家庭であった。彼の家もまた裕福で、教育熱心な家庭であった。近所の話からその母親が教育熱心であることは伺っていたが、それをハッと感じさせたのは私が高校生の時であった。
彼にはいくつか年の離れたお兄さんがいて、私と同様に県庁所在地に位置する別の学校に通っていた。ある日偶然電車の中でそのお兄さんを見た瞬間、私はその家庭で行われている教育の厳しさを実感することとなった。時には俯きながら電車の壁に寄りかかり、時には本来楽しいであろうゲームを寂しそうに行っている。どこか絶望感を覚えるような表情だった。
私は気づいた。これまで噂でしか聞いていなかった教育が、我が子である彼らにより厳しく向かっているということを。当時私も同じ立場にあり、1人ではないことを伝えたかったが、小学生の頃何度か話したことがあるくらいの距離感だった人に話しかけるのも気が引けて、結局何も言わずじまいであった。
それから7年ほどが経った頃、卓球部の後輩こと太郎と私は地元の居酒屋で出会い、そのまま飲み仲間となった。前述したように太郎はその彼の親友で、よく彼の苦労を私に話していた。そして、無事大学生になって彼女と幸せにしていると伺い、ようやく解放されたのだと少しほっとした気分となった。
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それからしばらくして、太郎から彼が大学を辞めたという話を聞いた。辞めてどうするんだろうと心配に思って数年。1度も口をきいたことがなかった我々は、初めて夜の街で顔を合わせた。
思い起こせば彼は学校一のイケメンだった。中学生はお互い2つ違いの学年の者と時をともにするが、その5学年の中で最もイケメンだと感じたのは、その彼であった。文武両道で、容姿の整った彼は誰が見ても将来有望で、容姿が悪く運動音痴の私とは生きる世界の違う人だった。
そんな我々が母親との関係に悩み、たどり着いた場所。そこが歌舞伎町だった。彼のことが心配だった私は、担当に「中学時代の思い出話をしたい」と告げ、2人きりの状態にしてもらった。そして、これまでずっと気がかりだった現在の家族との関わりや、これまで受けてきた教育について尋ねた。
現在も父親とは連絡が取れていること、この仕事が適職で楽しいこと、今はこれと言って悩みがないことを話してくれた。私は彼に、家庭の事情は知っていて、ずっと心配していたこと、私も同じ悩みを持っていて、母親から妹を守るために精神疾患を発症したこと、けれども受けた教育によって幸せになり、完全には恨み切れないこと等を話した。
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同じ悩みを持ちつつもう一生会うことはないと思っていた彼に出会ったのは、誰をも受け入れてくれる街、歌舞伎町だった。そして私も彼も、最も高い頻度で会っている同じ中学校の出身者となった。
「えー、皆さん全員集合。9番様卓よりオーダーいただきました」
全員集合コールをかけた彼を見て、部長としてのキャリアが活かされていると感心した私がいた。そこは先輩後輩ではなく、ホストと客という特殊な空間が作り出した夢の国のような場所であった。