私は今、このエッセイを実家で執筆している。
実家に帰省するまでの数週間、何故か母に対するモヤモヤした気持ちを抱えながら過ごしていた。ここ最近で母に何か嫌なことをされたり言われたりしているわけではない。寧ろ、昨年ストレスで仕事を辞めた時には経済的に助けてもらったし、29歳にもなってろくなキャリアもなければ結婚もしていない娘に、いつ結婚するの?などと言ってくることもない。
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先月、母が東京に来たときには一緒に美術館へ行き、夜には楽しくお酒を飲みながら食事をした。その日は私がかなり遅刻をしたにも関わらず、一切文句を言わず、私が待ち合わせ場所へ向かっているときには「急がなくて良いから気を付けてきてね」と気遣いのラインを送ってくれた。こうして文字にしてみても、本当にとても良い母だと思う。
私が帰省するまでに一人で抱えていたモヤモヤした気持ちは、昔の母に対してであった。
昔の母と今の母は、中身の人格が全然違うように私は感じている。
例えば、幼少期に他所で悪戯しようものなら、あなたが悪いことをするとママが怒られるんだから!と鬼の形相で怒られたし、中学受験に落ちた時には大きな声で裏切り者だと罵られた。高校時代、文系の学部に進学したかったが、絶対に就職にあぶれない資格を取れる学校に行きなさい、それ以外は行く意味がない!と言い、不機嫌になった。その様子がとても怖かったので、看護の道へ進み、看護師になった。
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手に職を付け社会に出た頃、20代前半にしてはしっかり稼ぐようになったのに、今度は医者と結婚しなさいとか、患者さんでお金持ちでかっこいい人はいないの?とか言ってくるようになった。母はパートで働いてはいるものの、父の収入で生活をしているためか、父に気を遣っているように見える場面が昔からある。
好きなアーティストのライブに行きたいときは、父の機嫌が良い時を見計らって許可を取りに行っていたし、私に見せていた不機嫌な顔や私の心を抉ってきた言葉を父の前では出さなかった。その姿を見て育った私は、男の人に養われて生きていくことに抵抗感があり、母にお金持ちと結婚しなさいと言われるたび、母を傷つけないように、怒らせないように、言葉を選びながら反論してきた。
数年前、母と温泉に入っているとき、お金持ちと結婚しなさいとまた言われたので、いつものように反論すると、母は笑顔で「子どもを産んじゃえばこっちのもんなんだから」と言った。子どもを産むことは女性にしかできないことだから、子どもを産んでしまえば相手の男性に養われ、良い暮らしをすることに気後れする必要はないという言い分だったと思う。
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私はそれを聞いて言葉を失い、適当に愛想笑いすることしかできなかった。父に対して、こっちのもんだ!と思うために私を産んだのかと思い、悲しくなったし、思っていたとしても家族の前で口に出して言うことではないだろうと怒りも湧いてきた。
温泉での出来事からあまり時間が経たないうちに、コロナが流行し、両親と会う機会が格段に減った。その間に私は転職を数回したし、将来の目標に向けて動き始めた。
口出ししなくても、私がそれなりに逞しく生きていけることが分かったからだろうか、それとも、もう私を思い通りにすることに諦めたのか、あるいは自由な私に呆れてしまったのか、母は昔のように私にアドバイスをしてこなくなった。今は私と考えが合わなくても不機嫌になることもない。
それなのに、私は上手くいかないことがあると、「毒親育ちだからこういう思考回路になって、こういう結果になったんだ」などと、いつまでも親のせいにして勝手にモヤモヤした感情を抱いていた。
確かに、様々な失敗を招いた私の低い自己肯定感の一因として、母との過去の関係性があるのかもしれない。
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でも、大人になり、母が私を産んだ年齢をとっくに超えた私は思うのだ。母だって一人の人間で、「THE昭和のお父さん」な頑固な祖父と、「THE昭和のお母さん」で柳の枝のように柔らかく優しい心を持ちながら、夫や姑のどんな言葉や態度にも耐える祖母の間で色々な感情を抱きながら育ち、20代で人生初の子育て。
私の父は、私を怒鳴るようなタイプではないので、母が強く叱られてきた場面でも、私は叱られないということも多かったはず。そういうとき、もしかしたらモヤッとしたかもしれない。友人の間で結婚や出産が早いほうだった母は相談できる友人も少なかったのではないかと思う。私の父は若い頃、仕事が忙しかったし、単身赴任をしていた時期もあった。きっと、心細かったと思う。
一生懸命育ててくれた母の気持ちを1ミリも理解しようとせず毒親呼ばわりして、親とぶつかる勇気もなく、ひとり勝手にモヤモヤしながら心の中で親を責めていた娘の私自身の考え方の方が、よっぽど自分にとって「毒」だった。優良な娘にはなれなかった私だけど、これから沢山親孝行させてね、と心から思う。一人暮らしの家に戻るまでの、あと数日、穏やかで温かい時間を両親と過ごしたい。