「ずっとずっと嬉し涙が恋しいのうずくまる私起きるよ朝だよ」
これは、2年ほど前に初めて詠んだ短歌。人生で1度だけ嬉し涙を流した夜があって、簡単にお目にかかれるものではないけれど、1度でも多く生きててよかった!と思いたくてもがいている。
そんな嬉し涙を、人生で2度目に流せた、27歳の誕生日のこと。
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社会人になってからだろうか、誕生日の過ごし方にそれほど興味がなくなった。学生の頃から長く過ごす恋人がいて、彼とご飯を食べてプレゼントをもらうのが恒例になっていたから。気になることがあるとすれば、誕生日が平日か休日か、それくらい。
ディナーもプレゼントもネタが尽きてきて、「何がしたい?」「ほしいものある?」とサプライズ感に欠けるやり取りもあった。新生活で疲れがたまる時期に生まれてしまったこともあり、「自分のためを思って用意してくれるのが嬉しいんじゃん!」という建前半分、「正直決めるのがいっちゃんダルいんだからこっちに投げないでくれ」の本音半分が頭の中でグルグルに混ざり、「自分で指示して、うわ~カワイ~美味し~ってそんな惨めで虚しいことない」と訴えてしまったことすらある。
そういうわけで、今年も特に予定を決めずにいたのだが、直前の週末に心底応援しているアイドルのライブに行くことになった。それなら誕生日当日まで楽しみを詰め込んで、日々のストレスを全て解放してやろうと企んだ。
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迎えた3連休の初日。気持ちよく晴れた空に海沿いを散歩。部屋の掃除をしていると、ライブに備えて友人が泊まりに来た。初めての界隈のライブ、どうせならめいっぱい楽しもうと、慣れないうちわ作りに励むためだ。
百均を3店舗ハシゴして材料をかき集める。夕飯と風呂を先に済ませると、すっかり寝る時間。深夜ドラマを流し見しながらラインストーンとパールを黙々と並べるのだが、眠い。眠くてたまらない。久しぶりに、テスト期間の大学生の気分を味わった。
制作時間は4時間、完成する頃には深夜1時を回っていたけれど、レースたっぷりのうちわはあの頃憧れたデコレーション携帯のようで可愛い。ほどよい達成感、たまには慣れないこともしてみるものだ。
ライブは言うまでもなく最高。友人と別れ、カジュアルなレストランで恋人と合流する。「美味しいものは食べたいけど緊張したくない」とゴネた結果、和やかな空気で食事を堪能できた。翌日も早起きして、最近ハマっているモーニング巡りへ。
港町のサイクリングは、日頃の薄暗い気持ちを風が洗い流してくれるようだ。
3日連続で15,000歩を記録し、現実に戻るにはもったいないほど充実した時間を過ごして帰路につく。電車に乗ってからも、過去最強としか思えない誕生日を過ごしてしまった興奮は覚めなかった。
できることなら、この幸せを延長したい。せめてあと7時間、日付が変わるまでは。
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行動力のメーターが振り切れていた私は、電車を乗り換えた。向かうは鎌倉のアクセサリーショップ。数ヶ月前とあるリングに一目惚れしたものの、価格に尻込みして買わずにいた。それから毎日恋焦がれているリングを、自分への誕生日プレゼントとして、過去最強の誕生日の記念品として、買うなら今だと思ったのだ。
正直なところ、店舗についてからも踏ん切りがつかなかった。どうせ失くすからと普段はスリーコインズで揃えているリング。その100倍……?と懐を見つめる自分を振り切ってレジへ向かえば、ビッグサプライズが待っていた。
なんと、店舗で一目惚れした商品とネットで見た商品は材質が異なるそうで、恐れていた価格は3分の1になった。そんなことある!?とありがたすぎるサプライズにバックバクの心臓を沈めながら、会計を済ませて店を出る。
こぼれる笑みを隠しきれない私の両手に、2つのプレゼント袋が揺れている。
その晩、幸せすぎた3日間のことを日記に記しながら、泣いた。自然と涙がこぼれてきた。体は悲鳴をあげているのに脳は幸福で満たされていて、意識があらぬ方向に飛んでいってしまうのでは、と心配になるほど。
「幸せだった」「幸せ!」「幸せだー!!!」と、あらゆる思い出の感想が2文字に集約されてしまう。物語のヒロインなら、翌日目を覚まさないだろう。少しだけ我が身を心配してしまう。
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足元がグラつくほどの幸せは、「いつもと違う道」を徹底的に選んだ結果だったと思う。
もともと変化が苦手なたちで、社会人になってからは、平穏無事だけを願って日々を過ごしてきた。心の安寧は重要だけれど、いつのまにか新たなチャレンジや好きなものへのアンテナも鈍らせていたのかもしれない。
時間ないし、と敬遠していたうちわを作ってみた。
緊張するから、と家で済ませることもあったディナー。
どうせ失くすから、と買わずにいた300円以上のアクセサリー。
このすべてを「誕生日だし」のロイター板で飛び越えてみたら、見たことのない世界が広がっていた。久しぶりの刺激に興奮覚めやらぬ心が、これが幸せだよ!と叫んでいる。
翌日、仕事を終えた私のテンションはすっかり元通り。むしろ、疲れが出たのかどんより気味。幸せに溺れそうな夜は、日常的には訪れない。
しかし、頭の片隅に、右手の人差し指に、幸福のカケラは転がっている。こんな毎日の延長線上に、天地をひっくり返すほどの幸せが待っていると知ったから。