あれは高校2年生の秋。
私は青春時代を彩ってくれるはずだった、大切な人を失った。
シャイで、でも正直で、顔をくしゃっとさせて微笑んでくれる少年だった。
もしかしたらあの小さなウソが原因だったかもしれない。

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2年生になった春。
対照的な2人の男の子と同じクラスになり、両方が気になる存在になった。

1番は、男女に関わらず人気がある王子様A。2番目に好きになったのは、少し毒舌で、同性の友達に囲まれた少年B。2人が気になっているなんて女友達に知られたら嫌われるから、好きな人はAだけとした。周りはその恋を応援した。
4月の体力テストで、私はその王子様がシャトルランを誰より長く走っている姿をみて一目惚れした。

その日、クラスのLINEグループからAのアカウントを探して友だち追加した。「今日の走りすごかったね!」と切り出した会話が、画面上だけで繰り広げられ、関係性は深まることがないまま、夏が終わった。

一方で、少年Bのことを好きだと知る友達は当然いない。それもあってか、教室でも勉強を聞いたり、体育でも一緒の種目を楽しんだりと、親しいクラスメイトとして過ごした。LINEも普段は全くしないが、何かあるときに送り合う関係だった。

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10月に控えた修学旅行に向けて、クラス全体が浮かれだした。
夜の町での散歩をどうやって誘おうかと考えたり、某テーマパークのシンボルの前に呼び出して告白することまでも想像したりした。
何度も夢に見た出発が近づいたある日、Aの男友達から、ショッキングな情報が入ってきた。

彼には気になっている人がいたのだ。
相手は、私よりもずっと肌の色が白くて、美人な子だった。
楽しみだった彼からの返信を待つ数日間も、虚しく感じるようになった。
諦めよう、そう心に決めた。私の王子様はAではないと必死に言い聞かせた。

出発前日の夜、私はまた別の男友達とLINEのやりとりをした。Bの幼馴染だった。
「あいつ、お前のこと気になっているらしいよ。前も可愛いって言ってたし」
すごく嬉しかった。

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自分が気になっている人が自分を見てくれていることがこんなにも幸せなことだったのか。Aへの片想いで報われる瞬間が殆どなかったから、久々に心が躍った。
Bが一番で、唯一の好きな人に変わった瞬間だった。

「旅行中LINEしてみる。互いの気持ちを伝え合いたい」と男友達に返信した。
目的地に向かう途中のバスで、私は深呼吸をしてBにLINEを送った。

「ずっと話したかった。久々に話そう!」

数分後、すぐに返信が来た。

「いつから話したかったの?」
「結構前からだよ。Bのこと気になってたから

咄嗟に小さなウソをついた。

1週間前まで、Aの方が気になっていたのに。

「他の人のことが好きだと思ってた」

ドキ。胸がざわめく。

「他に好きな人はいなかったよ

これもウソといえばウソ。
でも今好きなのは絶対にBだ。

「そうだったんだ、知らなかった」

このとき、彼はどう思っていたんだろう。

「でも本当に私でいいの?」
「(私の名前)だから付き合いたいんだよ
こうして、私たちは特別な関係を結んだ。

そっと男子が並ぶ一番うしろの席の方を振り向くと、彼も少し照れた顔してこっそりとスマホを見ていた。

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その夜、布団を並べて、同じクラスの友達に初めて打ち明けた。彼女は、いつの間にか私の好きな人が変わっていることに驚いたはずなのに、「良かったじゃん!一番好きな人より2番目の人との方がうまくいくっていうよね」と励ましてくれた。「だって2番目の人のことが相当好きじゃないと、今まで1番目の人のことだけ好きになってるはずだもんね」と。

夜の散歩ではペアのストラップを買い、テーマパークでは肩を寄せ合った。

しかしそれから1ヶ月後、彼は私の前から去っていった。
「俺は付き合うのが向いてない。もう一度やり直す気はない」と言い残して。

まだ何もできていないのに。
仲良くなるための話題を探していたのに。
まだ彼をよく知らなくて、信頼関係を築くのはこれからだったのに。
どんなに後悔してももう遅いんだ。

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後から聞いたが、「本当は俺2番目だったんだ」って男友達に話してたらしい。
そういえば私は見てしまっていた。

少し前に、かつてAのことが好きだと相談した女友達が、Bと廊下でニヤニヤしながら話しているのを。Bは下を見ていた。私が思っているよりもずっと繊細で、優しい心の持ち主だった彼は、私がついたウソに傷ついたのだと思う。

もしあのときバスで、「あなたの言うように、前はあの人が好きだったけど、今はあなたが好き」と伝えていたら、二人の道はつながっただろうか?

好きだった。旅先でも、帰ってきてからも、あなただけが好きだった。
Bに好きだと伝え続ければ良かった。
昨日も明日も今この瞬間も、私はあなたに会うために学校に来ていると、精一杯表現すれば良かった。

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もしかしたら、単に彼の気持ちが変わり、私に冷めたから離れていったのかもしれない。
あの小さなウソが運命を変えたかどうかは今でも分からない。
今更、当時の答え合わせなんてしたくはない。
持久走が得意なAに長い時間をかけた恋心とは対照的に、Bとの恋は短距離走で幕を閉じた。

きっとスタートダッシュを間違えたんだ。
幸せがしばらく続くと信じすぎたあの少年との思い出のページは、呆気なく裂かれ、欠けてしまった。
それでも私は、もう二度と見ることのできない笑顔を、大切な青春の1ページとして、心のノートに刻み続けるつもりだ。