マッスルバーをご存知だろうか。文字通り、マッチョな男性達が働くバーである。

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私は華奢な男性がタイプだ。身長低めで、弱そうな雰囲気の方が好ましい。
そんな私がマッスルバーに行く事になったのは、完全に成り行きだった。高校時代の友人、E子の家で宅飲みをした際に忘れ物をしたのだ。私の職場付近に来る用事があれば取りに行くので教えて欲しい、と連絡したところ「明後日J子と会うから渡せるよ。寿司食べに行くんだけど一緒に来る?」と返事が来た。J子も高校時代の友人だ。私を含む3人は、同じ部活に属していた。

この時は、E子にもうすぐ転勤の辞令が下るかもしれない、というタイミングだった。まだ行き先も分からないし確定はしていないけれど、時期的に来るだろうとのこと。会えるうちに会っておいた方がいいかも、という思いもあり同席させてもらう事にした。

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寿司屋で集合した途端、衝撃的な言葉を聞かされた。

「今日、この後2人でマッスルバー行くんだ」

マッスルバーに??

困惑しつつも納得感はあった。J子は生粋のマッチョ好きなのだ。高校時代からよくマッチョのイラストを描いていたし、東京のマッスルバーに行ったという話も聞いた事があった。
一緒に行こうと誘ってくれたものの、初めは断っていた。先述した通りマッチョは好みじゃないし、料金も居酒屋等と比べるとだいぶ高い。あと、J子から聞いた東京のマッスルバーの話を覚えていたというのもある。J子が仰向けに寝そべり、その上でマッチョに腕立て伏せをしてもらったという内容だった。ちょっと破廉恥すぎて、首を縦に振れなかった。

しかし寿司屋からの帰り際、E子は言った。

「私とマッスルバーに行けるのはこれで最後かもしれないんだよ!?」

確かに……。彼女は辞令を控えているのだ。いや、そもそもマッスルバーってそんな何回も行くものじゃないだろうけど。結局私は押しに弱い。この機会を逃したら二度と行くことはないかもしれないし、とも思い、ついて行くことにした。

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マッスルバーの店内は暗く、天井でミラーボールが光っていた。私達がこの日最初の客で、4人のマッチョがいた。

「よろしくお願いしマッチョ」

J子が選んだマッチョが卓につき、言った。名は「あきらマッチョ」。他の3人のマッチョも後ろにマッチョがついた名前だった。ちなみに全くマッチョではない私達の事も「○○マッチョ」と呼んでくれたのだが、私は「ま」で終わる名前のため、「マッチョ」との音の繋がりがすこぶる良かった。この日ほどこの名前で良かったと思った事はない。

ここからはもう、衝撃の連続だった。

サワーのパインを搾ってもらうオプションを頼んだのだが「搾る他に『パフォーマンスマッチョ』か『いちゃマッチョ』選べるんですが、どうしマッチョ?」とのこと。ここまで来ておいて日和る選択肢はない。我々はいちゃマッチョをオーダーした。

1人1マッチョ選べるとの事だったので、店長だという最もムキムキな人を指名した。自分より年下だと罪悪感が湧くし、中途半端なマッチョだとリアリティが出てきてしまうと思ったからだ。しかしここであきらマッチョが驚きの事実を口にした。

「店長意外と若いんですよ。24歳マッチョなので」

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24歳マッチョ!?!?

私は25歳非マッチョである。
思惑が外れたが、やっぱり違う人でとは言えない。音楽と共に豪快にパインが搾られるパフォーマンスの後、それぞれが指名したマッチョがやって来た。向かい合った状態で、座っている私たちの膝の上に。マッチョ達が着ている薄いシャツのボタンを外すようにと指示があった。アワアワする私の横で、J子は目にも止まらぬ早さで脱がせていた。24歳マッチョから触って大丈夫と告げられたため、触ってみる。人の身体と思えぬ造形なのに肌の柔らかさと体温を備えており、不思議な感じがした。再びJ子を横目で見ると、「ピアノだ~~~~」と言いながら横腹の筋肉を鍵盤に見立てて弾いていた。何が何だか分からなかった。

その後、J子が頼んだオプションも凄かった。

メニュー表には「マッチョ壁ドン」「マッチョ腹筋」、そして例の「マッチョ腕立て」等の文字が並んでいた。その中でJ子が選んだのは「マッチョクライナー」。彼女は内容を知っているようだったが、私には想像つかなかった。説明書きには「クライナー1瓶をマッチョが飲ませマッチョ」とある。飲ませるだけの割には抱っこや腕立てより500円高くて不思議だった。

少しすると、クライナーを持った24歳店長マッチョがやって来た。今度はJ子が彼を指名したのだ。私とE子は横でスマホカメラを構える。マッチョはJ子の膝の上に座るとクライナーの瓶底を口で咥え、飲み口を彼女の口元まで運んだ。

文字で伝わるか分からないけど、凄まじい光景だった。クライナーの瓶は小さい。唇同士は触れていないが、倫理的な口移しのようにも見えた。高校時代からの女友達が、初対面のマッチョと倫理的な口移しをしている。私達はそれを撮影している。現実の出来事とは思えなかった。

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帰り道、1人で歩きながら動画を見返してみた。クライナー以外にも色々撮らせてもらった。音楽と共に踊るマッチョ達、E子をお姫様抱っこしながらスクワットするマッチョ……。やはり現実感がない。あれはある意味「夢の国」だ。夢みたいに理想的、という意味ではない。本当に寝ている時に見る夢に近い、混沌とした異世界。けれど、かなり楽しい夢だった。オプションを色々追加したから1人1万円位したけど、夢の国だと思えば妥当だ。それに、彼らは徹底して「プロのマッチョ」だった。どの場面でもエンターテイメントとしてのマッチョの振る舞いを貫き通していた。彼らのおかげで少しだけ新しい自分に出会えた。行って良かった、と心から思えた。

ちなみにこの一週間後、E子の今回の異動は見送りになったことが発表されたのだった。