長距離走は大体ビリ争い。ボールは投げても蹴っても全然遠くに飛ばない。蹴るときは時々空振りをかますことだってある。息つぎをしようとすると身体が沈んでいくからろくに泳げもしない。つまり私は、典型的な運動音痴人間だった。
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言うまでもなく体育は断トツで嫌いな科目で、その苦手意識は小1から高3にいたるまでずっと続いた。
そんな調子だともちろん部活動においても運動部という選択肢は最初から眼中になく、中高ともに文化部を貫き通した。中学は書道部、高校も途中までは書道部で、その後訳あって調理部に転部した。いずれも運動部に比べると活動内容はかなり緩く、「学生時代は部活に思いっきり打ち込みました!」と堂々と言うことは残念ながらできない。
書道は幼い頃から習い事としても続けてきていて、自分の字を上手だと思ったことは一度もなかったけれど、相対的に見れば得意なほうではあったのだと思う。県内で行われる初夏の硬筆展や冬の書き初め展では毎年何らかの賞をもらっていた。少なくとも、運動より遥かに得意だったのは確かだ。
高校受験の際は、書道により注力しようかということも少しは考えた。音楽に合わせ、巨大な紙に巨大な筆でダイナミックに字を書く「パフォーマンス書道」で知られている女子高が近隣にあり、正直かなり気になっていた。
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当時、高校書道部が舞台の「とめはねっ!鈴里高校書道部」というドラマを観た影響もあるかもしれない。しかし、「あそこの書道部の練習は運動部並みにキツいらしい」「めちゃくちゃ走り込みをしたりするらしい」というような話を小耳に挟み、例の女子校への進学はあっけなく諦めた。とにかく学生時代の私は、いかに運動を自分から遠ざけようかということしか考えていなかった。
運動嫌いな人間は、学校教育が終われば自ずと運動する機会もゼロになる。毎回憂鬱だった体育の授業とサヨナラできたのは嬉しかったけれど、「運動音痴でも、運動部に入っておけばよかったな」というちょっぴりの後悔が歳を重ねるごとに疼くようになった。
隣の芝生が青く見えているだけなのかもしれない。学生時代はバリバリの体育会系高校で部活ももちろん運動部だったという知人に「私、ずっと文化部で。だから運動部って、ちょっと憧れがあるんです」というような話をしたら、「運動部は人間関係が本っ当にキツいよ」と苦い顔で言われた。
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書道部も調理部も基本的に緩かったから活動そのものにあまりストレスは感じなかった。仲の良い友人もいたし、それなりに楽しかった。でも、「それなり」なのだ。
汗をかいて、練習に打ち込んで、仲間と切磋琢磨して、試合に臨んで。そんな青臭い日々を私も過ごしてみたかったなと、今は少しだけ羨ましく思う。
書道を長くやってきたせいか、和の趣があるものには基本的に何にでも興味がある。もし運動部に入るなら、剣道や弓道のような武道系のスポーツをやってみたかった。中学の通学路の途中で、高校の弓道部の練習場がフェンス越しに見えるところがあり、「カッコいいな……」と真横を自転車で通るたびに静かに胸をときめかせていた。
自分の人生を何度かやり直す「ブラッシュアップライフ」というドラマが数年前に話題になった。もしあのドラマのように、私もそのうち死んで自分の人生の2周目をリスタートさせることができるとしたら、ぜひ運動部に入ってみたい。
今まで全く縁のなかった世界に思いきって浸かってみたら、一体どんな青春が待っているんだろう。少し、わくわくする。「やっぱり運動音痴の私にはムリだった」と途中で投げ出す可能性も当然あるだろうけれど、まあ、そのときはそのときだ。それもまた人生。
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人生2周目といわず、1周目の今からでも運動はできるだろうと思われるかもしれない。でも、運動を徹底的に避け続けてきた人間にとって、運動のハードルはやっぱり非常に高いものだ。
とはいえ身体を全く動かさないのは健康上よろしくないということもわかっている。ただでさえ仕事は在宅ワークが多く、ずっと座りっぱなしだ。せめて近所を散歩してみたり、最近だとダンベルを買って筋トレの習慣化を図ってみたりと、三十路手前にして自分なりにあがき始めているところだ。
ただ、ウォーキングや筋トレは「運動」にはあたるけれど「スポーツ」かと訊かれたら首を捻ってしまう。せめて言い換えるなら「個人スポーツ」になるのだろうか。
でも、やっぱり私がやってみたかったのは、学生時代の部活動で経験する「集団スポーツ」なのだと思う。こればかりは、今のアラサーの私がどれだけ運動しようと叶いっこない願望だ。
というわけで、人生2周目の私。そこのところ頼んだよ。