私は運動が好きだ。

特別運動神経が良いわけではないけれど、身体を動かすこととても楽しいと感じる。
学生の頃は、持久走で「一緒にゆっくり走ろう」という友達を裏切って全力で走るタイプだったし、本気になりすぎて軽傷を負うことも度々だった。
周りから見ても、「運動できるわけじゃないのに、めちゃくちゃ本気で運動してるやつ」と思われていただろう。

◎          ◎ 

しかし、だったら体育の授業も好きだったと言われると、答えはNOだ。
運動は好き、でも体育の授業は嫌い。
厳密に言えば、体育の授業で運動することは好きだった。
じゃあ何が嫌いだったかって、体操服を着ること」だ。

体育の授業では、制服のスカートから体操服に着替える。
学校指定の、名前入りの体操服。
私はその半袖半ズボンの体操服を着ることがとても嫌だったのである。

というのも、少しぽっちゃり体型なのに加えて、女子にしては少し体毛が濃かった私。
小学校低学年くらいの頃は何も気にしていなかった。
しかし成長していくにつれ、「同級生の細身の子の2倍の太さじゃん」とか、「女の子の手足って普通はこんなにツルツルなんだ」とか、自分と周りの違いに気づき始め、次第にそれはコンプレックスへと変化した。

◎          ◎ 

一応ジャージもセットになっていて、長袖長ズボンを着れば隠すことができたえ、真夏日の体育でジャージを着るなんて無理な話だ。
たちまち熱中症で倒れてしまう。
だから仕方なく半袖半ズボンで体育に挑むことになるのだが、周りと違う腕や足を晒すことがとんでもなく苦痛だった。

成長期で食べ盛りの身体はどんなに頑張ってもなかなか細くはなってくれないし、体毛も自分で剃ったりケアしたりするにしても誤魔化すのには限界がある。
体操服からのぞく私の身体を見た同級生たちが、ひょっとしたら陰で何か言っているのではないか。
だって、私みたいに太っていて毛が濃い人なんて他にいないもの。
そんな被害妄想に捉われ、腕を後ろで組んで可能な限り隠れるようにしたり、体操座りの時に必要以上に足を抱えたりと、体育の授業の本質以外のところで気を張り続けていた。

◎          ◎ 

「ジャージを着てはいけない」「半袖半ズボンでなければならない」という決まりがあったわけではない。
だから結局、半袖半ズボンの体操服を着ていたのは自分の意思だ。
しかし周りが半袖半ズボンを着ている中、1人で長袖長ズボンを着て堂々とできるほどの勇気もなく。
我儘なことではあるが、当時の私は八方塞がりのような気持ちでどうすることもできなかったのだ。
当然、そんな状況では、純粋に体育の授業を楽しめるはずもなかった。

◎          ◎ 

今の社会では、整形や脱毛をすることが当然の権利になっていたり、若いうちから化粧をする人が増えていたりと、美の基準がどんどん高くなっているように感じる。
そんな高い美の基準の中で、私と同じように、体操服を着たくない、肌を露出したくないと悩んでいる子も、もしかしたらいるのかもしれない。

私は解決策を見つけることができないまま体操服を着る機会を終えてしまったので、正直どうすればいいのか全く分からない。
体操服自体を変えるべきなのか、はたまた自分自身を変える方に着手すべきなのか。
おそらく自分が子供を産まない限り、今後直接関わることのない話だ。

それでも、私のように悩んで体育の授業を楽しめない子がいなければいいなと、ただ密かに祈るばかりである。