本を作ろう。お守りを作りたい。ポケットに忍ばせる小さなお守り。鞄の中にいてくれるだけで、楽に息ができるような存在を。

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仕事の準備をしながら、私は「わたし」を殺している。明日雑巾にしてもいいブラウスと、ユニクロで揃えたパンツとパンプス。カジュアル過ぎない素材のリュックに、百均のノートと化粧品、生理用品を詰めていく。さすがにちいかわの巾着はやめておこう。しかし、もう一方は彼氏の誕生日プレゼントについてきたブランド物だ。逡巡して、むき出しでリュックのポケットに押し込む。

明日は歴史的豪雨らしい。センターラインを死守してきたパンツは辞めて、ナイロン生地のカーゴパンツにしようか。それならせめてトップスは襟があるものにしよう。足元は?サンダルでもいいかな。誰かに見られたら、「これだから若者は…」的なことを言われるだろうか。パンプスを持って行って、会社で履き替えようか…?

面倒すぎる。自分のなかに答えがない、他者の視点を探り続けるのが。リュックには、私ではない誰かや常識、普通を起点に選ばれたものたち。これでは、「わたし」が可哀想だ。本棚から一冊手にして、ガラクタの隙間に忍び込ませる。通勤電車で吐きそうになったら読もう。オフィスで泣きたくなったら、リップを探すふりをして触れよう。

自分じゃいられない場所に出向く時、お守りになるものを。同じ思いで踏ん張る人へ届けたい。

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アイデアが思い浮かんだのは、とある本に一目惚れをした時。作家さんの個展で出会ったその本は、単語帳くらいの手のひらサイズ、分厚い表紙が印象的なときめく作品だった。紙の手触りや色鮮やかな背表紙のリボンに視線は釘付け。どうやら「手製本」というらしい。心を奪われ、本の作り方を教えてくれるスクールを探し、すぐに受講料を振り込んだ。なにか、とても幸運なことが待っている気がする。

本のことを考えると笑みを浮かべてしまうのは、わたしの集大成が出来る予感がするから。
4年前、コロナウイルスとともに社会に放たれ、あちらは全世界で猛威をふるう一方、こちらは3か月で離脱した。会社を辞めた。

「過去は変えられないけれど、その解釈は自分次第」。SNSか何かで目にしたことがある。そんなことは分かっていても、どうしたって仕事を辞めたことをプラスの経験だとは思えなかった。地下鉄のホームで線路を見つめたことも、店員が「働いている」のが怖くて買い物に行けなかったことも、食べたいものが分からずコンビニで立ち尽くした夜も、あの経験が人生にとってプラスになったことなど1度もない。できるなら、経験したくなかった。地獄だった。恨んでいる。それなのに。

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作りたい本のアイデアは、あの経験がなかったら、わたしが社会を恐れていなければ生まれなかった。悔しくて、やるせない。「あの経験があったから」なんて社交辞令でも言わないと思っていたのに、意図せず口角は上がり続ける。
やっと、どんでん返しが起こるのかもしれない。起こせるのかもしれない。新しい挑戦の先に、光を感じている。