「次回のプレゼンター、やってみない?」
まさか、ただの参加者である自分に話が振られるとは思っていなくて、一瞬、私の思考は停止しました。とはいえ、以前の私なら、思考が停止していても即答したに違いありません。「私にはできない、向いていないから」と。
でも、その時の私は違いました。「ちょっと考えてみる」と答えていました。「やってみようかな」と思ったのです。会社を辞めた、次の日のことでした。
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会社にいた頃の私の職種は、営業でした。配属された頃から、向いていないと思っていました。人と話すのが得意ではない……どころか、苦手だったのです。会社を辞めた時、「もう、人と関わる職業に就くのは避けた方がいいかもしれない」と思ってもいました。アポイントでも、テレアポでも、現場に行っても、何をどう話したらいいか分からずに頭が真っ白になってしまい、全然話せなかったのです。
営業ではなく「書くことを仕事にしたい」と気づいた時も、上司に言われたのはこの言葉でした。「ライターになるんだったら、なおのことコミュニケーションができないとね」。コミュニケーション力のない自分では、なりたい職業に就くこともできないんだと、暗に言われたような気がしました。
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でも、いざ会社を辞めたら、私は一人ぼっちでした。同僚もいない、上司もいない。関わろうと思わなければ、誰とも関わらずに過ごすこともできる日々が待っていました。その最初の日にたまたま参加したのが、とある朝活でした。
その朝活でプレゼンターを務めていたのは、友人でした。自分の人生での気づきや経験を、堂々とシェアする彼を見ながら、「すごいなぁ」と他人事のように思っていました。だからこそ、「次回のプレゼンター、やってみない?」と誘われた時、思考が停止したのです。
自分がいかに喋るのが下手かは、仕事で十分に分かったことです。「話すのが苦手かも」という疑念が、「自分は話すのがものすごく下手だ」という確信に変わった今になって人前で話すなんて、挑戦以上の挑戦でした。
それなのに、私は、首を横には振りませんでした。
「できる」と思ったわけではありません。でも、「やってみたい」と思ったのです。話すのが苦手でも、話したいことがないわけではありません。いつも書き物をしているのがその証拠です。悩みながらも、私はプレゼンターを引き受けることにしました。
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プレゼンターとして話す内容は、自分で自由に決められました。私は、自分の人生を振り返り、「自分が何を伝えたいか」を考えました。自分がプレゼンターをする回の朝活の参加者には知り合いも多かったので、彼らの顔を思い浮かべながら、準備をしました。
そして迎えた当日、私は大いに緊張していました。知っている顔が多いとはいえ、そのほとんどはまだ知り合ったばかり。しかも、初めましての人もいました。でも、不思議なことに、仕事の時に感じていた、恐怖に似たプレッシャーはありませんでした。それどころか、古くからの友達に話すように、自然と話せたような気がしたのです。
今までと何が違ったのか、私は考えました。売上を考えなくていいから? 相手が役職の高い人ではないから? 知り合いもいる場だったから? それも、もちろんあるでしょう。
でも、一番の違いは、「うまく話さなきゃ」と思っているかどうかでした。今回、人前で話すというのに、「うまく話さなきゃ」とはあまり考えていなかったのです。
会社にいた頃の私はいつも、自分が失敗しないか恐れていました。でも、大事なのは、「うまく話せるか」を心配することではなかったのです。「来てくれた相手に届けたい」と思うこと。それだけだったのです。
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この経験を通して、話すのが得意になれたとは思いません。喋るのがうまい人との差は、この先も埋まらないままでしょう。でも、あの日を境に、何かが少し変わった気がします。うまくはなくても、自分らしく話すことができるようになったように思うのです。